さぁ、世界は明けたばかりだ





















1. 闇と影と灯の噂



















ごく、普通の街とは聞いていなかった。

途中擦れ違う人々にこの街の情報を聞くと、必ず共通した単語が重なる。



アクマ

闇のような夜

教会、鳴り響く鐘の音



そして綺麗な藍色を纏う鎌を持つ女性と影の少女、白き少女




まるで謎解きのピースのように、全て見事な程までに人々の口から紡がれていた。

一体何の事だろう、と考えた者も多い筈だ。

一人の少年は食事を取り、道行く人々を眺めながら考える事に耽っている。

太陽の光が少年の白髪、というよりも灰色の髪と言った方がしっくりくるだろうか。

さらさらと風に靡くような柔らかな髪を持った少年は、ふと自分の背後に人が居ることに気がついた。

どうやらこの店の店員だろうか、大らかそうな表情を湛えた少女は彼と目が合うなりにっこりと笑みを湛え喋りだす。


「今日は良い天気ねー、まだ風は強いけれど」

「そうですね。こういう天気は好きですよ」


その少女に相槌を打ちつつ少年――アレン・ウォーカーは少女と同じ様に笑みを描く。

彼の服装は何処かの英国紳士が纏うようなスーツに、赤い色のネクタイ。そして口調が敬語だから更に紳士らしさが醸し出される。

少女は少年のその年相応の口調とは思えない口調に少々驚きつつも、内心に止めておくだけにしておいた。


「そういえば、あなた知ってる?…皆が口々に言うから知ってるかもしれないけど」

「奇怪…と言っていいのかわかりませんが、夜に何かが起こるんですよね?」

「そうなの、」


少女は其処で一旦言葉を区切ると、再び口を開く。


「夜に街の中央にある教会の鐘が鳴り響くと同時に、アクマが出てくるそうなの。怖くて寝れないわ」

「でも、住んでる人に被害があったとは一言も聞きませんけど…」

「そうそう!」


其処で少女は思い出したかのように両手をぱん、と軽快に叩くと急に明るい顔で語り出した。


「あたし、一度そのアクマってみたいなのに襲われた事あったのっ」

「それ、喜んで言う事じゃありませんよ」


酷く瞳を輝かせて語る少女を見て、アレンは苦笑を浮かべながら紅茶に口をつける。

淡いダージリンの香りが漂う中、未だ少女はきゃあきゃあはしゃぎながら両手で頬を包む。

結構良い年齢なのだろうが、それさえ気にかけず騒ぐ少女は呆れを通り越し逆に変な意味で尊敬したくもなる。


「それだけじゃないわ!凄く綺麗な女の子に助けてもらったんだからっ!」

「女の子、ですか?」

「そうなの!多分…二十歳はまだ行ってないはずだわ、夜の筈なのに黒髪に栄える藍色が綺麗だったわー。

  それに、真っ黒なコートと大きな鎌が印象的だったわね…後で見かけた違う二人の少女も可愛らしかったけれど」

「へぇ、そうなんですか」


やはりこの少女の口から出てきたのもアクマ、夜、教会の鐘、そして三人の女性。

しかし一つだけ今まで耳にしなかったものがあった。黒い、コート。

この世界の中で黒を主にあしらったコートや服など多々とあるだろう、だが何故か其処だけが酷く気になった。

アクマと黒いコート、その2つの単語が重なるとしたらば自分も知っている。

否、自分もその一員である…いや。まだ公認されていないから関係が深いエクソシストという者達。

もしかしてその女性もエクソシストなのだろうか、という僅かな興味が胸の片隅に沸き起こり、会いたくもなってきた。

アレンは注文していた食事を全て取り終え、勘定をその少女に手渡すと鞄を手に持ち軽く礼をする。

少女もそれに答えるように手を振って、アレンを送りだした。



恐らく、教会の方へ向かったのだろうか。

街の中心部へと向かい歩いていく少年の背を眺めながら、少女は手を振る為に上げていた手を静かに下ろすと同時に深い溜息を吐いた。



も大変だよね、そんな役やらされて」



急に後ろからかけられた言葉に驚きもせず、寧ろ声をかけてきた黒髪を後ろで結った少女に泣きたいとでも言いたげな表情で振り向く。

少女の居る場所から少し離れた席に座り、黒髪の少女は本を手に持ちながら視線を此方へ向けている。


「大変も何も…隊長が一般人を巻き込みたくないからやろうと言った事だから。仕方がないと思うよ

「そうだけどさぁ、もっと手早く教会に居るアクマの頭を叩けば良いと思うんだけど」

「出てこないから大変なんじゃないかな」

「あ、そっか」


と呼ばれた少女は思い出したかのように手を叩く。

その様子を見つつは苦笑を漏らすが、教会の方へ視線を向けた。

教会へ続く道で歩む人々の中に先ほどの少年の姿は見つけられなかったから、きっと教会に着いた頃だろう。

隊長が変な事を吹き込まなければ良いけど、とは溜息を吐く。

も同じ事を思っていたのか、と同じ方向へ視線を向けつつ呟いた。


「あの少年、もしかしてうちと隊長と同じなのかな」










この教会があの噂の教会なのだろうか、とアレンはそれらしき建物の前に見上げるように佇んでいた。

辺りは夕刻に近付いてきているのだろう、段々と空が茜色に染まりつつ日が傾き始めている。

風も僅かに肌寒さを纏わせて自分の肌を撫でつけ、髪が宙へ微かに舞う。


「…様子見ぐらい大丈夫かな」


教会の周囲に誰も居ない事を確認してアレンは重く、錆び付いた教会の扉へと手をかけた。

ギギッ、と古びた鉄の扉が開く独特の音を立ててその扉は自分が通れる位まで開く。

いざ入ろうか、という瞬間何かが自分の頭の上を通り過ぎた気がして僅かに顔を上げる。


「ティムキャンピー!お前何処に行ってたんだ」


ティムキャンピー、と呼ばれたのは黄金に輝くゴーレムという飛ぶ物だった。

ぱたぱたと羽を忙しなく羽ばたかせ、アレンの肩の上に着くと羽を羽ばたかせるのを辞める。

この街に着いた頃から見かけなかった為、少々不安だったが無事に帰ってきたからアレンは安堵の息を吐き教会の中へ入った。

後ろ手に閉めた扉の音が静まり、一度教会の中をぐるりと見渡す。

小さいとは思えない、しかし大きすぎるわけでも無い礼拝堂は教壇の上に飾られたステンドグラスから零れる光で満たされている。

きらきらと瞬くその硝子の光が、教会の礼拝堂という場所をより一層美しい物に彩っていた。

今まで教会は何度も見てきたがこの教会の様に古びた雰囲気は湛えていて、何処か哀愁を漂わせた場所は見た事もなかった。

自分が実際に生きている世界の中に存在するとは思えない位神秘的な雰囲気に包まれた此の場へ視線を巡らせていて、ふとある一箇所に眼が留まる。



一人の女性が教壇に一番近い椅子の上に座っていた



ステンドグラスから零れる光が女性の髪を照らし、黒髪の中に僅かに生える藍色が酷く印象的で。

眠っているのだろうか、しっかりと閉じられた瞼から伸びる睫毛が目元に影を落とし彼女の顔をより一層大人びたものに見せる。

この人が噂で良く言われている三人の女性の中の一人なのだろうか、と思ったがある事に気がついた。

まず一つは鎌を所持していない事だ。

一般人であるならば小さくして持ち運ぶ事も出来ず、手に携えている筈。



そしてもう一つが、エクソシストの証であると聞いたこともある。

実際に自分の師が纏っていた黒いコートに酷似している、胸元に特有の印があしらわれたコート。




「――…君も興味本位で此処に来た人?」




突然紡がれた言葉が、その女性の物であると判断するのに間が空いてしまった。

思っていた以上に高すぎず、低すぎない。まるで少年のような声のトーンで言葉を紡いだのは間違いなく、目の前に居る女性。

アレンは一度瞬きをしてからその女性が座る椅子に近付き、ゆっくりと口を開き問いかけた。



「貴女が噂に聞く女性ですか…?」



女性はアレンの問い掛けに答えずに、すっと立ち上がりアレンの方を振り向きながら言い放った。







「君は帰って、そして何も知らなかった事にしておいたほうが良い」







有無を言わさないような強い口調で言葉を紡いだ女性は、後方に煌くステンドグラスを見上げ眉を顰めた





そう  夜が迫っていた

















                                 2006.9/9














大分長くなってしまいましたね…

まずヒロインさんであるさんの名前が一度も出てない事に謝罪を…す、すみませ…orz
この物語のヒロインさんはさんですが、やはり友の二人も出したいなと思いまして。
最初の辺りに出てきた女性は親友のお二人さんで、最後に出てきたのはさんです。わかったかなー…。
とにかくもこんな感じの人たちですよ、という感覚を掴んで欲しくて。
最初のさんのはしゃぎっぷりはあれ全部演技です、仕方が無くやっていたというわけです
そしてちゃっかりさんも端の方でその様子を見つつ、「大変だなー」と思っていたわけでして。
まぁ、色々と大変なのです。


次回話は早いですが戦闘も交えられたら良いな、と。
原作沿い言いつつもオリジナル話から始まっていますが、きちんとこの街の話終わったら原作沿いますので…!