手元にある黒い表紙で覆われた資料は、今回の任務の物とコムイは言う


しかし、呼ばれたのは俺だけじゃなく他にも二人。ついでに同じ資料を持ってやがる





当たって欲しくない考えが脳裏に浮かび、まさかなと心の中でその考えを消そうとしてた時だった





「今回は三人で行ってもらうよ」





何時も癇に障るコムイの笑みが、今回は更に憎らしく思うのは何故だ…
























11. 快楽人形の住む町は



























コムイがソファーにかけている三人を見て、笑みを湛えながら言えばアレンと神田はあからさまに嫌そうな顔を浮かべた。

しかしアレンの隣に座っているだけは手元の資料に視線を落としたままで、何を聞いても顔色を変えない。

いや、実際話を聞いているかどうかさえ定かではなかった。

確かに眼を開けて起きているのだろうけれど、其れは意識だけ眠っているような感覚を漂わせた虚ろな表情。

そのような表情を浮かべる事が多いのは、大抵何か考え込んでいる時の特徴だ。

コムイは一旦へ向けていた視線を戻し、嫌そうな顔を浮かべた二人の方を見れば未だに不服そうな表情を浮かべたままだった。


「ワガママは聞かないよ」


其処で一旦言葉を区切り、手近にあった紐を引っ張れば微かな紙の擦れる音を残し地図が広がる。



「南イタリアで発見されたイノセンスがアクマに奪われるかもしれない、早急に敵を破壊しイノセンスを保護してくれ」




コツン、と床に叩きつけられたブーツの音が響き渡る。

目の前に広がる地下水路に流れる水が、僅かに揺れる船のせいで水面を立たせ僅かに明かりに照らされた水面の光が揺らめいた。

はコムイと会話をしているアレンの居る場所から少し離れた所で其の水面を眺めていた。

此処は地下だからだろうか、少し空気が冷たさを帯びて肌を撫でつけ心を冷やす。

先ほどまで心の中に溜まっていた蟠りが段々と解れて行く様で、思わず息を零した。


君、」


名を呼ばれ其方を振り向いてみればアレンと話していた筈のコムイが此方を向いている。

アレンは既に神田と探索部隊の人と船に乗り込んでおり、どうやら俺の事を待ってたみたいだ。

身体を翻すと同時にコートの裾がバサリ、と地下水路の中に響くが其れは辺りに潜む闇の中に飲み込まれた。

少し、彼の目の前に佇めば静寂が漂う。


「不安なのかい?」


別に、不安なんてない。寧ろアクマを減らすことが出来るなら別に良いと。

しかし不安が無いと言えば嘘なのかもしれない、が、教団の中に溶け込めるかどうか。

それだけが、心配だった。


「いや、何でもないよ…御免待たせて」


そう言って船に乗り込んで、コムイの方に振り向けば後ろの方で佇んでいたリーバーも此方の様子を窺ってきた。

それ程までに俺はそんな酷い表情を湛えていたのだろうか、と一瞬焦りを覚えたが彼とコムイは小さく笑みを浮かべる。


、心配するな。は俺らが引っ張っとく」

「それに君の実力は元帥から聞いてたからね、アレン君と神田君と良い働きをすること願ってるよ」

「……そんな出来た人間じゃないさ、俺は」


小さく吐き捨てるように紡いだ言葉はどうも辛辣にしかならないようだ。

それでも彼等は笑みを消す事無く、「行ってらっしゃい」と送ってくれた。

その言葉に、答えられると良いのだけれど。










「古代都市 マテール」



今はもう無人化したこの町に亡霊が住んでいる


調査の発端は地元の農民が語る奇怪伝説だった











汽車の汽笛が鳴り響くのが耳に入り、視界の先に見えた黒い車体。

アレンは器用にも片手で資料を持ち眺めながらも駆けて行く神田と探索部隊の人の後を追う。

最後尾についているのはだった。一応、自分も着いていける位の早さだったがどうにもこのような体験は少ない為、足場に困る。


「あの、ちょっとひとつわからない事があるんですけど…」

「それより今は汽車だ!」


神田がそう叫ぶと同時に探索部隊の人も足場を飛び移り、アレンは電線を掴み資料を団服の中に仕舞いながら彼等の後を追い飛び降りた。

も彼等の後を追おうとしたが既に汽車は結構な速度で走っており、今居る場所より遠い。

これでは間に合うか間に合わないかの瀬戸際、一瞬メリルシアのもう一つの能力を扱おうかと思ったが発動させるのに時間が掛かる。

小さく息を吐き意を決し、汽車の降りる場所を決め一気に駆ける脚の速度を速め宙に躍り出た。

ダァンッ、と硬い金属で出来た装甲とブーツの底が互いの存在を主張するかのように強い衝撃を生じさせ。

既に汽車の上に降りていた彼等の傍に丁度良く降りる事が出来、着地の際に強く脚に響いた感覚が未だ抜けずに顔を顰める。

その場に座り込めば近くで屋根に縋るように身体を横たわらせていたアレンが、苦笑を零した。


「飛び乗り乗車…」

「いつものことでございます」


そうさらりと良い除けた探索部隊の人に少々尊敬の意を持ってしまいそうです。





「…で、さっきの質問なんですけど」


あの後何とか車両内に入り、添乗員と思われる人に一旦止められてしまったが探索部隊のトマが「黒の教団」の者と名乗った。

すると添乗員の人は神田が纏うコートの胸元にあしらわれたローズクロスを確認するなり、急に態度を変え何処かへ駆けて行ってしまった。

少し経った後、無事に一室を確保することが出来て今はその上級車両の一室内に皆は居る。

否、正確に言えばトマだけは室内に入ろうとしなかった。

探索部隊は、エクソシストと共に室内には入れないのだという。

そんな不公平な事があっていいのだろうかと最初は腑に落ちなかったが、無言の神田に腕を引っ張られ仕方なく入り彼の隣に座った。

その時にアレンの表情に黒いオーラが表れたような気がする、な、何か悪いことしたっけか…?

何となく問いかけるのは辞めておこうと思い、そのまま視線の置き場を資料の上に決めて今回の任務について読んでいた時。

アレンが急に資料へ落としていた視線を上げて、口を開いた。


「何でこの奇怪伝説とイノセンスが関係あるんですか?」


彼がそう言えば隣に居た神田の表情が一瞬歪み、あからさまに嫌そうな顔をしたかと思えば小さく舌打ち。

アレンの耳にも届いたらしく、絶対心の中では舌打ちしたなと思ってるに違いない。

は一度視線を上げて彼等の様子を眺めていたが再び資料へ眼を向けた。


「イノセンスってのはだな、大洪水から現代までの間に様々な状態に変化しているケースが多いんだ。

 初めは地下海底に沈んでたんだろうが…その結晶の不思議な力が導くのか人間に発見され、色んな姿形になって存在していることがある」



「それは何らかの奇怪現象を起こすことがある、だよな?」


急に聴こえた声の方を向けば言葉を発した当の本人であるは未だ資料に目を落としたままで、軽く眼を伏せた。

神田は自分が言おうとした言葉の続きを言った彼女に驚きつつも、視線を戻し頷き返す。


「じゃあこの『マテールの亡霊』はイノセンスが原因かもしれないってこと?」

「ああ、」


アレンが言った言葉に短く言葉を返し、一旦言葉を切った後再び声を紡ぐ。


「"奇怪のある場所にイノセンスがある"だから教団はそういう場所を虱潰しに調べて可能性が高いと判断したら、俺達を回すんだ」


神田は話し終えると手元にあった資料を開き、それに視線を落とした。

アレンも大体の事を把握できたのか、ゆっくりと資料に視線を落とした後横目での様子を窺う。

彼女はもう資料を仕舞っており団服の袖で隠れていた右手を露わにして、それを眺めていた。

心なしかその表情は何処か物憂げで、静かに瞼を下ろしたかと思えば右手を隠すように深く下ろして顔を上げた。

彼女の方を向いていたために顔を上げたと必然的に視線が交わってしまい、自分を見ていたアレンを不思議に思い小さく首を傾げる。

しかしアレンは小さく笑みを零して視線を資料に戻した。

何故か、自分のイノセンスを眺めていた彼女のあの顔が酷く脳裏に焼きついて。

思わず、平静を装うかのような彼女の顔から視線を背けることしか出来なかった。







「――…マテールの亡霊がただの人形だなんて」







目下に広がる町並みさえも闇に紛れ、人気の無い空気は肌を射抜くように冷たさを帯びて

先ほど呟いたアレンの言葉さえもう既に脳裏から離れかけていた


自分に出来るのは何だろうか


そんな問い掛けをしたって誰も答えてくれないし、答えられないだろう



は小さく口の中で舌打ちを零し、知らずうちに右手をキツク握り締めて







今、視線の先では一人の探索部隊の人が殺されかけていた

















                                        2006.10/4







あ、あれ…何だか文体がおかしい…どうも不調みたいです  orz
  うーん、今日ほど文体に困った日は中々無いです;でも次からやっとマテール戦だから頑張らないとな!
  もしかしてスランプ期だったりして、という考えが頭の中にチラつきます。ナンマンダブ…!(違