霞む視界の中で、


























13. 紛い物の彼に

























今、動けば更に傷は深まり血も半端なく流れ落ちる。

しかしこのままの格好でいるには流石にアクマを破壊するのが使命の、エクソシストの名が廃れてしまう。

ボタボタと荒れ果てた地面に落ちて広がる血を気にした様子もなく、はぎりっと痛みを耐えるかのように口を固く結びメリルシアを振るった。


「――…貴様ッ!」


怪我を負ったのが右肩のせいか、アクマ目掛けて振った鎌は虚しく空を切り地面を荒々しく削っただけ。

アクマは素早く身を引かせるとアレンの顔でにやりと笑みを作り、口を開いた。


「へへへ、写したぞぉ。お前のチカラ」

「…ッ」


段々と奇怪な格好に変わっていくアクマを一瞥し、アレンは自分の姿とイノセンスを真似られた事に驚きを隠せず。

その場に立ち尽くしていたが不意に離れた場所から咳き込む声が聞こえ、はっと弾かれた様に意識を戻し彼女の元へ駆け寄った。

暗い、夜の中でも。そんな夜にも負けない程漆黒の色に彩られた団服の上からでも分かる程滲む鮮血。

は一度口に当てていた手を離し、酷く荒々しい眼光を湛え僅かに離れた場に居るアクマを睨み付け鎌を支えに立ち上がろうとしている。

しかし、先ほど受けた傷が身体に響くのか顔を顰めたと思えば再び地に膝を着きそうになったがアレンがを支え、心配そうに顔を覗き込む。


「大丈夫…?」


少しの間地に視線を落としていた彼女だったが、アレンの声に気がつき静かに顔を上げて「まだやれる、」と口元に笑みを描く。

だがその笑みはアクマと戦う際最初見た様な余裕の籠もった笑みでなく、僅かに苦痛という表情から歪められた笑みのようで、完璧な笑みじゃない表情。

酷く、その表情が無理をしているように見えてアレンは彼女を支え直し視線をアクマの方へ戻した。


「お前等私をナメてただろ、私はレベル2!ボール型のアクマと違って能力に目覚めてんだぞ」


つーか私も今知ったんだけど、とアクマは呟きながら手についた血を舐めた。

その行為には酷く嫌悪感を覚えたのか、先ほどからずっと固く結んでた口を更に固く結び力無く下げられていた右腕に力を込め一歩を踏み出す。

一人であのアクマに立ち向かおうとしたのをアレンは悟ったのか、彼女を支える為に掴んでいた団服を引っ張り後ろから抱き止める格好になった。


「…ッアレン、止めるな!」

「待って、今行けば君は直ぐにやられるッ」

「あーらら。何、お前等ケンカしちゃってんの?」



「――五月蝿ェッ、いい加減黙れ貴様ッ!」



アクマの挑発的な発言にとうとう痺れを切らしたのか、は酷く荒んだ声で怒声を吐きアレンを左腕の肘で突き飛ばすとメリルシアを構え、

一歩右足を踏み出すと同時に如何いった事か、メリルシアを持ったまま駆け出すわけでなく。

思い切り右膝を曲げ、その脚を重心にしてメリルシアをアクマに向かい放り投げた。


「なっ、」


流石にそれは予想もつかなかったのか、近くに居たアレンだけでなくアクマも眼を見開く。

遠心力を掛けたメリルシアは空を切り其の身を回転させながらアクマへ向かって行き、あろう事かアクマは避けずにアレンから写し取った腕で自らを庇う。

ガギィッ!と耳を劈くような音がしてアクマの腕には一筋の荒い傷がつき、後方へと飛ばされたメリルシアは淡い光と小さな音を零し消え去った。

は右肩から走る痛みに耐え切れず上半身を地に預ける様に崩れ落ち、何とか両腕だけで身体を支えている格好になる。

それを見たアレンはに突き飛ばされた反動で地に腰を落としていた格好で居たが、急いで彼女の元に辿り着く。

アクマは、未だ水が蒸発するような不快な音を立てている傷口に視線を落とし、その傷を作ったを一瞥しにやりと口元に笑みを描いた。


「ふーん、面白いモン持ってんじゃん」



   ― 伯爵様が目を付けるだけあるね、 ―




「―――…ッ!」



今確かにコイツは伯爵、といった。

アレンとは信じられない、とでも言いたげな表情を浮かべ同時にアクマを見やるが、相手は相変わらず奇妙な笑みを浮かべた。



「さぁ、殺すぞんッ」



刹那、異質で形容しがたい笑みを浮かべたアクマが腕を振り被るのとが立ち上がるのは同時だった。

アレンはアクマの方から向かい来る何かを感じ取り、イノセンスを発動させた左腕で防御しようと身構えた所が飛び出し、

一瞬のうちに視界が彼女のコートによって阻まれてしまった後、激しい衝撃を受けて視界が歪んだ。








「――…痛ッ」


段々と晴れてきた視界の中、走る痛みに顔を顰めながらも瓦礫の中から身体を起こす。

先ほど見た物は一体何だったのだろうか、とアクマが突然繰り出した攻撃を思い起こそうとするが下半身に掛かる温もりのある重みに思考が止まる。


まるで、自分を庇ったかのように俯伏せた格好で動かず、ただ其処に倒れている

彼女の身体から広がる物は間違いなく、嫌な温かさを含んだ真っ赤な液体。

月明かりに照らされて綺麗に瞬く藍色の髪だけが酷く色を持っていて、眼を開けない彼女の横顔が酷く冷たく思えて。


「ッ、!?」


彼女の元に駆け寄り身体を抱え起こせば、最初に受けた右肩からは未だに血が止まる事無く流れており。

新たに、腹部を無残に抉った傷から血が流れ漆黒のコートを更に禍々しさを放つ黒で彩っていた。

思わず勢いで怪我をしていた部分を抱え込んでしまったというにも関わらず、彼女は微塵な動きも見せない。


まるで、本当に死んでいるかのように


アレンは自分を庇いこんなにも酷く傷ついたを手当てする術を持ってなく、段々と彼女の身体から血が流れ出るのと同時に温かさが失われてゆくように思えて。

傷に触れないように、しかし強く彼女を抱く。

同時に彼女の身体の細さに気がつき、驚きを隠せないままその格好で瞳を瞑る。

彼女が眼を覚ますように、死なないで、欲しいと。


突然、足場が妙な音を立てた。

マテールの土地は長らく人の手が行き渡っていなかった為に、脆くなっていたのだ。

それを切欠とするように足場は一気に崩れ落ち、無論その場に居合わせたアレンと彼が抱えたままのは巻き込まれ空虚な闇へ落ちる。


「――…なッ!」


急激に落下していく速度を緩めるためにイノセンスを発動させようかと思ったが、を抱えたままははっきり言ってしまうと難しい。

どうするべきか、と今までに感じたこともない焦燥感に駆られた時だった。





「……アレン、苦しい」





?!」

「…俺だけど…、ちょっと放して」



ぐぐ、と彼の胸を押し返すように身体を起こしたは素直に軽く放してくれたアレンの腕から更に身を放し、右手を思い切り宙に振り上げる。

同時に「イノセンス発動ッ」と小さく零したの背から、小さく零れた光と同時に現れたのは漆黒の、翅。

それはどのように形容すれば良いのかわからなかったが、天使のように美しい翼でもなく、悪魔のように禍々しい羽でもなく。

クロアゲハのように、薄く脆い漆黒の翅が彼女の背に在った。

同時に発動させたメリルシアを両側の壁に突き刺し、右腕でそれを掴みガクンッと一旦視界が揺れた後落ちていくのは防げられた。

は一度溜息のような息を漏らし、片腕で掴んでいるアレンの方を向き「大丈夫か?」と問いかけてみる。

彼は一旦未だに続く下を見て、それからゆっくりと顔を上げての背にある翅を見て、最後に彼女の顔を見た。


、それは?」


彼女は最初何について問いかけたのだろうか、と少しだけ首を傾げたが彼の視線が自分の背に向けられているのに気がつき「ああ、」と声を漏らす。

そしては一度自分の背を眺めるように視線を向けてから、アレンの方へ視線を戻した。


「此れ、俺のイノセンスのもう一つの能力。一応は飛べる」

「今まで使ってなかったよね…?」

「使う機会なかったからな、それより今から降りるけど大丈夫か?」


そう、問いかけた言葉にアレンが小さく笑みを返した。

も彼が承諾したのを確認して、メリルシアの発動を解くのと同時に翅へ力を込めて静かに羽ばたかせながら最下部までゆっくりと降りた。

床に脚がブーツの先が着いた瞬間に彼女は発動を解き、その場に崩れ落ちるようにへたり込み盛大に溜息を吐く。


「あー…痛ってぇ…、何でこんな怪我してんだ俺…」


彼女は僅かに眉を顰め、痛むのだろうか腹部に手を当てる。

アレンはそんな彼女を見ていたが、ふとあることに気がつき周囲を見渡した。

先ほどとは違う光景にもしかして、と淡い期待を抱いたがそれは勘ではなく正しかったようだ。

先に見えた通路がどこかに繋がっているように思え、アレンはの方に振り向き口を開いた。


、落ちたの間違いじゃなかったみたいだよ」











「――…巻き込んですまない」


そう紡いだ神田を眺めていたララとグゾルは、暫く言葉を飲み込むことしかできなかった。

それ故にその場に少し沈黙が漂うが、現れたトマの方へ皆視線を向けることで沈黙は消える。


「ティムキャンピーです」


トマがそう言い差し出した手の平には瓦礫のような物しかない。

しかし暫く経った後、その破片一つ一つが宙に浮かび段々と何かの形を取り最終的にはティムキャンピーの姿へと戻った。

神田は復活したティムキャンピーを眺めながら「お前が見たアクマの情報を見せてくれ、」と紡ぐ。

すると彼の声に反応したのだろうか、ギギ…と音を立てながらティムキャンピーが口を開けば其処から映像が浮かび上がりアクマを映し出した。

彼は顎に手をそえながら暫く映像を眺めていたが、ふと口を開いた。


「鏡のようだ、」

「はい…?」


一体何のことか、と言いたいような意も含まれた疑問の声を漏らすトマ。


「逆さまなんだよ、このアクマ」


そう言って神田はティムキャンピーの映し出す映像を暫く眺めていて、ある所でふと自分の眼を疑いたくなった。



アクマがアレンから写し取ったイノセンスの腕で攻撃した際、確かにの腹部を確実に貫いていた



隣で見ていたトマさえも思わず息を呑み、最早アクマがどうこうという場合でもないように見える。

神田は小さく舌打ちを零し、やっかいな物を容易く写し取られてしまったアレンに対して僅かな苛立ちを覚えた。

しかし、トマが急にしゅんと項垂れたように視線を落とし口を開く。


「ウォーカー殿と殿を探すべきでございました、もしお二人が生きてても現れた時本物かどうかわからないです」

「…それは大丈夫だろ、左右逆になってるんだからすぐわかる」


もし、アレンが写し取られたままでアクマが現れたとしても簡単に見分ける事が出来る。

彼は左目に傷を負っており、それがそのまま写し取られていたとしても左右逆なのは一瞬でわかるからだ。


今は悩んでいてもどうにもならないと思ったのか、不意に地に落ちていた視線を上げてある事に気がついた。



ララとグゾル、二人が居ない



「しまった!くそ、あいつら何処にッ」


二人を見失ってしまったことに腹を立てた神田はその場で立ち止まり辺りを見渡す。

トマも同じ様に二人を探そうと後ろを振り返った時、静かに息を飲んだ。


「か、神田殿後ろ…」


彼の声に振り返ってみれば、其処に佇んでいたのは






左右が違う、アレン
















                                           2006.10/7











何だかグロさが増してきましたねこの連載!!(楽しそうに言うなよ
  まぁ…最初の方でグロとかシリアスばっかになるかもと言っておいてあるので良いかなぁと。
  そしてさんは怪我が半端ないですね、人生そんなものです(何
  彼女はキレると今話のようになります、敵意を持っている相手には口調が凄く荒らいのです。仲間に対して怒る時は大抵女性口調に戻るというマイ連載設定。
  伯爵がどうのこうの、という話は後に。何故アクマがそんな事言ってたのかも後に本編で書きたいなと。
  まだまだマテールは続きます、首を長くしお付き合い頂ければ幸いです!