余裕がなさそうに見えたかもしれない。


それ程まで俺は何かを感じ取り、焦って






彼等が居ると思われる場所を目指した ただ、ひたすらに






























14. 其の言葉に込められた意味





























さっきから自分の前を行くに余裕が見えない気がした。

ただそれはイノセンスが奪われてしまうかもしれない、という焦燥からくるものなのか。

それとも異なる理由で焦っているのかわからなかったけど、確実に彼女は様子がおかしかった。






狭く、至る所ヒビが入り挙句の果てには蜘蛛の巣まで張り巡っているとても普通人間が進もうとしない通路の中アレンとは唯突き進んでいた。

初め地下と思われる此処に落ちた際は通路らしい通路を辿っていたが、何処を行っても同じ様な光景。

終いには行き止まりなどに突き当たったりもしてその度にが眉を顰め、「早く行こう、」と急かしていた。

この地下に入った瞬間彼女は急に何かを感じ取ったのか、焦っているような表情をアレンに悟られない様に僅かにしか浮かべなかった。

しかし引っ切り無しに彼女の様子を窺っていた彼には無駄、寧ろ逆効果と言えよう。

今も狭い通路というにも関わらず身体を屈め移動しにくい体制、それに彼女は身体の至る所に酷い怪我を負っているのも気にかけず急いでる。

アレンは何故彼女が其処まで急くのか、問い掛けようとした瞬間真横の壁が壊れ黄金色の飛ぶ物体―ティムキャンピーが飛び出す。


「ティムキャンピー?!」

「……やっぱコッチに居るのかッ」

、さっきから焦ってどうしたんですか…?」


ティムキャンピーが現れるのと同時には彼の姿を確認した後、元々寄っていた眉間の皴を更に深め小さく舌打ちを零す。

その様子を見たアレンはティムキャンピーが現れたことと、彼女の焦りの要因は関してるのだろうと気がつき声をかける。

そうすればは一度進めていた脚を止めた。


「…御免、言ってなかったけどさっきから嫌な予感がしてて。神田とトマが心配だ」


アレンに問いかけられたは視線だけを僅かに彼に向けて、言い終えると同時に止めていた歩を進め出した。

そして何故か急に右手を握り締めたかと思えば、何時の間にか其処には漆黒色の刃を持つ大鎌。

彼女はメリルシアを発動させていた。

通路の事を考えてか、些か何時もよりは規模が小さかった。でも彼女の背から感じられる感覚が何時もと違う。

其れは何の感情を含んだ雰囲気、なのか定かではなかったけれど微かな怒りと焦燥だけは確かにあった。















「カ…カンダァ…」


ザッ――、と地を擦る靴の音と共に本当のアレンとは違う左右逆のアレンが神田とトマの目の前に姿を現す。

既に満身創痍な姿とは裏腹に、彼の顔にある逆位置に存在する傷の痕が本当の彼ではないことを明らかにしていた。

それを確かめた神田は表情を冷静な物に変えると同時に、六幻をゆっくりと構える。


「さ、左右逆ッ…」


隣に居たトマは左右逆のアレンを見て、アクマと認知したのか恐れ一歩身を引く。

しかし神田は彼の様子に眼もくれず、静かに構えてた六幻を胸元の高さまで掲げると瞳を細めた。


「どうやらとんだ馬鹿のようだな」


キン、と張り詰めた空気がその場を満たす。

神田は掲げた六幻を握る手に力を込め、荒んだ光を宿した瞳を偽者のアレンへと向けて、


「災厄招来、界蟲一幻ッ…無に還れ!」


躊躇い無く振り翳した六幻から放たれた奇怪な物質が、其のアレンを貫かんとしていた。

彼はその際に気がついていただろうか。



その、アレンの瞳に薄っすらと涙が浮かんでいた事に



バァンッ!、と激しい音がその場に響き偽者の彼を貫いたかと思った。

しかし、その場の光景にただ神田は眼を見開き、信じられないと思わず口を開きかける。


放たれた六幻の力は彼を貫く事無く黒き刃と白い腕に阻まれて、相殺。

間違いなく現れたのは藍色の混じる黒髪を揺らし、僅かに肩で息をしながらも彼を庇う為に掲げた大鎌を支えた

そしてイノセンスを発動させ、偽者のアレンを庇った本物のアレン。

神田は先ほどまで居なかった二人の出現とアクマである筈の偽者アレンを庇った二人に、只ならぬ怒りを覚え吼えた。


「モヤシ、それにッ!」


倒れてしまった偽者アレンをゆっくりと抱き起こし、様子を見ていたと傍に居たアレンは神田の自分達の名を呼ぶ声に振り向く。

思ったとおり、彼は尋常ではないほどの怒りを彩った表情を湛え酷く荒々しい瞳で二人を睨み付けていた。


「どういうつもりだテメェ等…何でアクマを庇いやがった!!」

「違うよ、」

「神田、僕にはアクマを見分けられる"目"があるんです、この人はアクマじゃない!」


「ウォーカー殿……殿ッ…」


今抱えている偽者のアレンが確かに、苦し紛れに紡いだ自分達の名の最後に『殿』を付けていた。

今回の任務で名前の後にその単語を付け加える人物を知ってる。

探索部隊で、この任務に向かう際共に居た――


がアレンの方を向き、抱えていた偽者のアレンを彼に渡し視線で訴えかけた。

アレンは自分の抱える自分そっくりな人物の顔に切れ目が入ってる事に気がつき、其処から切れ目のある皮を剥がす。

剥いだ皮に包まれていた人物は傷だらけになっていた、トマ。

は自分の思っていた通りだと確認するや否や、急に神田の方を振り向き。

そしてアレンが、叫んだ。


「そっちのトマがアクマだ神田ッ!!」

「何…っ」


それは一瞬の事だった。

神田は後ろに居たトマがアクマと気がつかず、そのトマを見ようと身を翻そうとした瞬間醜く顔を歪ませた『其れ』に首元を掴まれ、そのまま身体を壁に激しく打ちつけられる。

余りの衝撃に手に携えていた六幻を離してしまい、主を離れたイノセンスは発動が解け鈍色に瞬いていた刀身は地に刺さると同時に漆黒へ戻り。

場は一時、静寂に包まれる。


「神田…!」


アレンはアクマの攻撃を受けてしまった神田、そして彼を攻撃したアクマを追おうと立ち上がった。

しかし肩を掴む感覚を感じ、其方のほうを向けばが彼の方を見て、

笑った。

何故急に、それにこんな状況なのに彼女は笑みを浮かべたのだろう。

暫く状況を把握できていなかったが、彼女は浮かべた笑みを消すと一度深く息を吐き、紡ぐ。


「御免、そろそろ後の事は頼むよ…流石に結構辛いや」


彼女の言葉の意味を捉える事が出来ず、一瞬如何返せば良いのか躊躇い視線を彷徨わせたとき、気がついた。

の足元に広がっていたのはどす黒くもあり、寒々しい砂岩ばかりが広がるこの地には禍々しい程赤い、血。

未だ僅かに流れ出ていた血は彼女の歩いてきた場所に点々と、悲しい跡を大地に残し、染めている。

しかしそれでも心配させようとしないためか、彼女は一度も顔を苦痛に歪めなかったし「痛い」と言ったのも、地下に落ちた時だけだった。

そうだから?いや、それなのに僕は彼女の怪我の具合に気がついてなかった。

幾ら彼女が我慢してきたとはいえど、腹部を貫いた傷や肩を抉られた傷が痛まない筈がない。それに、彼女だって人間だ。

大量の血液を失ってしまえば人間の能力は衰え、弱まり、運が悪ければ。死ぬ。

その状況下の中でも、は笑った。確かに、自分の前で。


無理してるようにも思えた彼女の笑みに戸惑い、一瞬何も言えなかったアレンだったがの言った台詞が何か引っかかることに気がつく。




『後の事は、頼むよ』




まるでこれから死に逝くような者の最後の台詞、のようだった。

もしかして彼女は満身創痍の格好な筈なのに、まだアクマに向かおうというのか。

レベル2のアクマはレベル1のアクマに比べ力も強いし、特殊な能力を個々に兼ね備えている事は今回で知った。

彼女も無鉄砲な性格じゃない、そうしたら、自らの意思で進むと…?

アレンは知らず内にへと手を伸ばした。

行くな、それ以上無理したら本当に死んでしまうかもしれない!

そう、言いたかった言葉は焦燥感と彼女が更に危険な目に合ってしまうかもしれないという恐怖に押し込まれ、出なかった。

伸ばした筈の手も、虚しく空を切りという名の少女は駆け出した後。

掴め、なかった。止められることが出来た、筈なのに。

アレンは駆け出した少女の背を視線で追うことしか出来ず、やっと口に出来た言葉は。



「――ッ!」



悲痛な、響きに彩られた彼女の名。









「テメェ…いつの間にッ…」


視界が霞んで確かに目の前に居て、俺の首を掴み上げてる筈のアクマの姿もぼやける。

油断していた、その考えだけが頭の中を駆け巡り痛みとそれが合わさり酷く気に食わない。

しかし、幾らそう思っても状況が変わるわけじゃねェ、とわかってる。


「お前と合流した時からだよ!黄色いゴーレムを潰した時一緒にあのトマって奴も見つけたんだ」


コイツの存在が気に食わねェ、無論アクマなんて全て消え去れば良い。

それだけでなく、呆気なくやられた俺にも酷く嫌悪してしまいそうだ。


「こいつの姿なら写してもバレないと思ってさぁ、ほらお前も左右逆なの気にしてただろ?」


「白髪の奴の姿をあいつに被した…へへへ、私は賢いんだ」


そう言ってアクマは醜く歪ませたトマの顔のまま、額に指先を当て自身が被っていた皮を裂き、本体を現した。

そんな事どうだっていい、とっとと殺るなら殺りやがれ、と言葉を吐きたい。

でも何故か、そう言う気にはならなかった。


アイツの、顔が一瞬浮かんだ


会ったばかりで何も知らない、何も知るはずも無く興味さえ初めはなかった。

静かで、普段余り感情の起伏が見られないアイツは何処か普通の女とは違い、悲しい微笑みを浮かべる奴。

本人は其れを本当に笑っていると捉えているのか知らない、それでも矢張り今まで見たのは全て『笑みのような微笑』ばかり。

急に、何故かアイツの笑みを見たくなった。


だせぇな、俺



「私の皮膚は写し紙、まんまと殺られたなお前」


「――…はッ」



ようやく紡いだ言葉が、嘲笑かよ。自分でも嗤いたくなる。


そして振り翳される腕から来るであろう、衝撃を覚悟した。





でも、見えたのは更に霞んだ視界ではなく鮮血が舞う光景。

僅かな痛みも感じられず、一体何だろうかと別の意味の驚きを感じ眼を思い切り見開いた。


アレンから写し取ったイノセンスの腕を振り翳したアクマの前に、俺を庇う様に立ちはだかったのは綺麗な藍色を湛えた髪を持つ女。

ソイツはイノセンスで攻撃を防ぐ事も、弾く事も威力を弱める事もせずにアクマへ背を向け、俺の方を向いてただ無防備に両手を広げていた。

そして間を空けず、耳を塞ぎたくなる嫌な音が響くのとソイツの背から鮮やかな血が舞うのは同時。

強い衝撃と痛みに襲われ、一瞬苦痛に顔を歪ませたソイツは、綺麗な笑みを浮かべて、言った。




「…間に合った…な、」





そして、ふ――と瞳から光が消えてその場に崩れ落ちた






「…ッ?!」






信じられなかった、





















                                         2006.10/11









こんなにもヒロインさんが怪我する連載もあまりないような…(笑
す、すんませつい…!まぁ、当サイトの連載はこんな感じなのですよ!個性個性!(困る個性だ

そしてちゃっかり神田さんさんの事名前で呼んでますね、当サイトの神田さんはこんな感じです。
ちなみに後に彼が下の名前を教えるかどうかはお楽しみという事で!
マテール本当長いっす…、後三話くらい続きそうです…私の纏める力が不足してるだけかな(悲


この連載のヒロインは、守られるよりも守る立場で居たいと思う子なのです。そういう設定です、
大切な誰かを守れるなら自分の身なんかいい、みたいな。