いつか廃れてしまう約束かもしれない、けど




























18. 深々と降り積もる塵の如く、





























その時は一段と意識が朦朧としていて、自分でも何処へ行ってしまうか定かでない位に平衡感覚が無かった。

は未だ痛む腹部の傷を押さえながら先を歩むアレン達の背を眺めていたが、僅かに霞んだ視界にノイズがチラつく。

今見ている景色でさえ朧気で、本当に自分の脚が地の上を歩いているかさえ不安な程。

少し立ち止まり、思考を揺さぶる此の原因不明の眩暈と吐き気に苛立ちを覚えながら眩しい光を直視しないように、目元を手で覆った。





そうしてみれば視界に広がるのは自分にしか見えない闇。

暗くて、澱んで、とてもお世辞に綺麗とは言えない空虚で無機質な、星のない夜。

絶え間なく襲ってくる頭痛と、身体の奥底から湧き上がってくるような思い当たりの無い感情と感覚。

此れは本当に自分の中に存在しているものなのだろうか、と疑いたくとも原因が思い当たらない限りはそう自負するしかないようだ。





いや、一つだけ






は空虚な闇の意識の中で、静かに自分の右手を眺め訝しげに瞳を細めた。

其処には確か、此の世界に来た時も自分の身体の一部として存在していた筈のイノセンスの核が、蒼白な肌から放れて一つの個として存在していた。

ジャラ、と僅かに腕を動かせば重々しい鈍色のチェーンの揺れる音が黒い世界の中に響き渡り、其れはエコーさえ残さず消え去った。

何も光は当たってないのに其の個は神々しいとも禍々しいとも捉えられる光を零しの手首に巻きつけられたチェーンから、下がっている。

記憶によれば確かこの核は自身の腕の中に埋まっていたというのに、何故"個"として在る?

そして指先へと視線を巡らせてみて、彼女は息を呑んだ。

其処にある筈の、無いと己のイノセンスの力について関わる大切な、師匠から譲り受けた二つの指輪が無い。

微かに残る記憶から引っ張り出された言葉はたった一つ、









" これは、のイノセンスのリミッターなんだ。無くさないようにな、 "











不思議と身につけていればイノセンスだけでなく、神の結晶と謳われた其れを扱う心と自分自身が、酷く安堵するのを覚えていた。

知らない内に自分は其の小さな、たった二つの存在に心許し温かさを求めていたのだろうか。

しかし今は其の二つが、無い。自然と右手首に巻かれているチェーンから下がっているイノセンス本体へ視線を向ける事が怖く、背筋に悪寒が走る。

自分の身体から体温が引いてゆくのもわかり、瞳の端に溜まる何かが零れ落ちそうになるのを必死に堪え、て。










「……ッ!」










途端名を呼ぶ声が聞こえ、はッと弾かれるように意識を戻せば目の前にはの肩を掴み彼女の顔を心配そうに覗き込んだ、アレンの姿。

彼の顔は初め悲痛な物に彩られていたが、彼女が気がつくのと同時に安堵に満たされた表情を零した。

は数回瞬きを繰り返し、周囲を見渡してみて何時の間にか科学班室に居ることを知る。

自分の身体に纏っていた筈のボロボロのコートは脱がされていて、見慣れた白いシャツと漆黒のズボンにブーツ。

そして右手を僅かに持ち上げて視線を滑らせてみれば、今までと変わらず指輪もあり、イノセンスの核も手首の位置に値する皮膚へ埋まっていた。

じゃああれは一体、何だったのだろう。と心の中で小さく嘆息しつつアレンの方へ視線を再び戻した。

どうやら自分はソファーの上に寝かされているみたいだ、彼の後方へ視線を向けると任務の事について話した際コムイが座っていた見覚えのあるデスクが在る。

其処にはデスクの持ち主であるコムイはおらず、代わりに、それにリナリーが何かについて話し合っていたようだ。

アレンがの名を紡いだ声に彼女たちが気がつき、同時に振り向くと各々の表情を浮かべの元へ近付いた。



「隊長、急に倒れたって聞いたけど…大丈夫?」

「アレン君から報告は聞いたわ、酷い怪我してたっていうのに無理しちゃダメじゃない」

「隊長は何時も頑張り過ぎ、心配しないでって言われる方が苦になるだけだよ」



彼女たちは何も知らない、知らないからこそ仲間や友人としての立場に値する為にそうやって言葉を紡ぐ。

その言葉が嫌いなわけでもないし、寧ろ嬉しくも思えるし"帰ってこれて良かった"とも思える。

でも自分の中ではどうしても割り切る事が出来ないままだった。そう、二年前から。

優しい言葉をかけられたとしても自分が何かを返せる立場なのだろうか、

心に温かく染み渡る、綺麗な言葉を紡いでくれたとしても汚れて心の奥に確かに闇が落ちつつある自分が、綺麗な言葉を受け取って良いんだろうか。

余計な思考ばかりが胸の奥へ奥へ、紡ぎたい言葉を押し込めてゆき終いには暗く澱んだ感情が表に出るばかり。

それでも、やっぱ心配かけたくないという気持ちも強く込みあがってきて、静かに苦笑を浮かべながら右手で眩しい部屋の光から逃れる様に目元を覆い、









「……御免な、」




そう、再び視界がノイズ交じりの闇に飲み込まれ小さく謝罪の言葉を紡ぐことしかできなかった。















多分、再び意識を眠りの中へ沈めてしまったは明日まで起きないかもしれないという皆の判断の後。

の二人にアレンは呼ばれ、リナリーがの看病を続けるということになった。

一体何だろうかと思いつつも呼び出された先はコムイが時折居る、科学室長室。

案の定今まで姿が見えなかったコムイが椅子に座っており、彼の近くには幾つもの書類を抱え何かペンで書き綴っている二人の姿。

アレンが部屋に入るなり皆視線を寄越し、デスクの前に在るソファーの前に促されて座るのとコムイが口を開くのは同時だった。


君について、ちょっと聞きたい事があるんだ」


其の言葉に少し思い当たりがあるアレンは三人に気付かれない様に、僅かに肩を跳ね上げらせた。

しかしその考えていた事は既に想像ついたのか、書類に目を通していたが視線を上げて人当たりの良い、それでも少し影の落ちた笑みを向ける。


「アレン君を庇って隊長が怪我したことじゃないから、安心して」

「……責めたりしないんですか?」

「何時もの事だよ、隊長が誰かを庇って怪我する事なんて」


間を入れずアレンが居た堪れないような表情を浮かべているのを一瞥し、が溜息を漏らしつつ紡ぐ。

彼女は其処まで話すと一旦書類をコムイに手渡し、と視線が合うと苦笑を零し再びアレンの方を向いた。


「それよりもアレン君、」


一旦話しに区切りがついた時、空気を割る様な真剣さを帯びたコムイの声が室内に響く。

今まで聞いたこともなかった彼の声の低さ、何か心の内に抱えているようにも思える声に内心驚きアレンは瞳を見開いた。

しかしコムイはそんな彼の様子にも気を向けず、一旦視線を落とすと口を開きアレンを見据える。




君に、何があったかわかるかい?」




「…それって、報告した内容の事ですよね?」

「そう、"羽"に"彼女ではないような力"。そして…一番重要なのはイノセンスの形が変わっていたこと、それの原因となる事何か思い当たるのはないかな」


其処で言葉を区切られ、真っ直ぐに向かいから鋭い視線を向けてくるコムイに押され、僅かに息を呑む。

それでも思考はマテールの任務の際に見た彼女を思い出そうと必死になる。

今は僅かに断片的にしか覚えてなかったが、先ほどコムイが挙げた事は全て覚えていた。

レベル2に対峙した際の尋常ではない力と覇気、イノセンスから発せられる禍々しき気と、




初めて見た時は綺麗だ、と思った"翅"が禍々しき漆黒の邪神の化身とも見える"羽"と成っていたこと




それしか脳裏に浮かんでこなかった。余程、認めたくない自分が心の内に存在しているからだろう。

何故そう自分でも予想がつくのか、わからない。

それでも周囲の女性からすれば酷く落ち着いて、口調は男性とも捉える事ができるが高音と低音の狭間の音で奏でられる言葉が心地良く、て。

自然と、人と関わる事が少なかった自分にとって一つの安らぎと化していたのかもしれない。

人間は自分にとって都合の良い事ばかりに気が向いてしまうとよく言うが、この場合は選択肢なんて無い。

初めから、答えは決まっているかのように。僕の心の中では"アレ"がだなんて認めたくなかった。



「……まだ、彼女について何も知らない立場ですから。すみません…」



少し伏せ目がちに紡げば、「そっか」とコムイの僅かに落胆した雰囲気も込められた言葉が室内に響いた。

その後彼はデスクの脇に佇んでいたに視線を向け、何かを促すような視線を彼女たちに送る。

視線の意味に気がついた二人は互いに顔を見合わせてからアレンの方を向く。


「隊長、何も言わないのは前からなんだ」

「だから、アレン君が隊長の"抱えてる何か"の留め金を外せる切欠になるかもしれないって、私達思ってるの」

「…留め金を外す、?」

「そ、多分あのままじゃ何時か抱え込み切れなくて…壊れるだろうし」

「何時かの私達みたいにね、」


そう紡ぐ彼女達の表情は他人へと向ける笑みじゃなく次第に影を落とした苦笑のような、笑みと化していて。

必死に耐えているのだろう、と共に戦いたいというのに戦えない心境を。

守られるだけではなく、自分達も傍で戦い互いに手を取り共に同じ道を歩みたい、という願望を。

アレンも、心の中では思っていた。






何処か、距離を感じてしまう彼女とはもっと話したいし気を許せる関係になってみたい と






しかし他人と深く関わる事が嫌いなのか、それとも唯単に誰かに自分自身の心境を悟られてしまうのが怖いのか。

理由はわからないが手を伸ばしても、届かない彼女に何か出来るのなら。



アレンは一度視線を下げて瞬きを数回繰り返す。

そしてゆっくりと視線を上げて三人を見据えた瞳には、密かに。

それでも強く籠もった光が、









「僕が、出来るのだったら」
















何時か皆で笑い合える日が来るように、と心の奥で願いつつ




















                                     2006.10/25












本来あるコムリン事件は友達と案を練った結果、この連載シリアス強いので雰囲気壊すのあれだろー
という事になりまして番外編的に書こうかという事になりました!
何時書く事になるかわかりませんが、番外編は結構書きたいネタもあったので丁度良いかなとも思ったもので。
この話の次はコムリン事件飛ばし巻き戻しの街編!
ロードとの接触近いですねー、どうやって巻き込ませよう…

てかこの連載、恋愛要素薄いとか言ってましたが現時点ではアレン寄りですよね。
彼は一番関わる機会多いから比較的そうなってしまうのかもしれませんが、
最終的にヒロインであるさんと誰か仲良くさせる予定だったので丁度良いかなと!私アレンも大好きなんで(笑
アレンとさん良い雰囲気になるよう頑張ってみようか、勿論ラビが出てくれば状態変わるかもですが。
皆様的にはこの連載で関係深くなる人、誰が良いんだろう…!ちょっと気になるなぁ。