鐘が、鳴り出すよ
2. Divine bell
先ほどまで確かにステンドグラスから淡い光が零れていた筈だった。
だが人が瞬きを一度する位の時間の間に、辺りの雰囲気は闇と静かな何かの気配に満たされていて。
神々を慈しむ美しい筈の礼拝堂も、今は狂気と何かが交じり合う不快感しか与えない。
アレンは此の場の雰囲気の急変さに驚き辺りを見渡していたが、チッと微かに舌打ちの音が聞こえた。
其方へと視線を向ければ僅かに眉を顰め礼拝堂の奥深くに在る闇の方へ身体を向ける女性の姿。
彼女はそのまま静かに右手を真横に掲げ、丁度肩辺りまで上げた其の手を宙に止めた。
「――早く帰った方が良い」
淡々と語られる口調の中には僅かながらに焦りの感情も含まれていて、疑問に思い素直に従おうと一度下げかけた歩を止める。
「……何かあるんですか?」
「君のような一般人には関係ない、」
女性はまるでアレンを此の場から去らせようと強い口調で話す。
それでは何かがあるという事を自ら言っている様なものだ、とアレンは僅かに胸の片隅の中で苦笑しつつ持っていた鞄を足元に置き上着も床に置いた鞄の上に被せる。
一向に去ろうとしない彼に段々と苛立ちが募り始めたのか、女性は視線を彼の方へ一時向けていたが直ぐに前へ戻し、呟いた。
「怪我しても知らないから…」
それはもう去る気配さえ見せない彼に対しての呆れの意も籠もった一言。
アレンはそんな彼女を見て申し訳ない気持ちになりつつも、先ほどから気にかかっていた気配の方へ視線を向ける。
其の場所は今も女性が見続けている闇の奥、何故か自身の左目を通し『アクマ』の姿が見えるのだ。
もしかして彼女はそれを初めから知っていて、人が訪れれば口調はキツくともその人を案じ、不要な怪我を負わせないが為に。
此の場所に居続けて街に危害が及ぶのを防いでいたのだろうか。
「大丈夫です、僕も戦えますから」
「君は随分と大層なウソを吐くんだね」
「嘘じゃないですよ、それよりも…」
女性は自分の左隣に歩んで来た少年を横目で見つつ、宙に掲げたままの右手を袖の中から完全に外へと曝け出した。
アレンは彼女の右手を見て驚き、密かに悟られないように息を呑んだ。
その手には忌々しいとも思える重く、鈍く光る銀色の鎖で繋がれた中指に填められた指輪と細い手首に巻きつけられ十字架があしらわれたペンダント。
女性が僅かに腕を動かすと同時にジャラ…と鎖が擦れ合う音が礼拝堂内に響く。
それはとても唯のアクセサリーのように綺麗なわけでもなく、何処か。
自分の左手に埋め込まれた十字架――神から授けられたエクソシストに欠かせぬイノセンスと見間違ってしまう程、壮麗でもあり禍々しくもあった。
少しの間その銀色に瞬く其れを横目で見つめていたが、アレンは視線を前の方へと戻すと同時に僅かな笑みを湛える。
「僕には名前があります、アレン・ウォーカーです」
「誰にでも名前くらいはあるじゃないの」
「…勿論貴女にもありますよね?教えて頂けたらアクマ退治、手伝ってあげますよ」
最早この少年を帰すのは無理に等しい、と女性は僅かに疲れた様な溜息を小さく漏らす。
「―――、そして此の子は『メリルシア』」
パキン、と何かが割れた様な音が聞こえた。
音が聞こえた方向へ視線を向ければ其処には黒い、影。いやの右手に握られていたのは彼女の身の丈よりも大きな刃を持つ鎌だった。
見た目からすればかなりの重量である其れを難なく携えている彼女、この場で確信した。
彼女があの噂となっている人の内の一人だ、と。
ジャリ――と僅かに黒いブーツを履いた左足を後方に下げ、僅かに右膝を折り右手に携えている鎌…否、イノセンスであろう。
がメリルシアと告げた其の巨大な漆黒の鎌を構えつつアレンの方へと視線を向ける。
彼は驚くこともせず、ただ綺麗な微笑を僅かに浮かべの眼を見た。
「有難う御座います、さん」
「…さん付けと敬語はいらない、アレン君」
「だったら此方こそ、呼び捨てでいいよ」
「……わかった」
はアレンと合わせていた視線をずらすと、一歩。歩を進めた。
彼女が進んだのと同時に闇の向こう側で蠢く影が、一瞬此方側に目を向けた気がした。
だがは慣れているのか、その気持ち悪ささえ覚える感覚の中平然とした表情を崩さず歩を進めていく。
段々と、近付いてくる狂気と気配。
「戦えるというからお願いしとく、俺が道を作るから時計塔へ登る階段を目指して」
「(…俺?)何故時計塔を?」
一瞬、確かに彼女は自分の事を男でもないというのに俺という一人称を使った事に違和感を覚えたアレン。
しかしアクマが蠢いている闇へと歩むの距離が近付く度に、空気が重く気味が悪くなる感覚が強まるのを肌で感じ取り今はそれ所ではないと思考を切り替えた。
メリルシアを右手に持ったまま歩むは其の歩む歩の速度を緩める事無く、一切の光を零さなくなったステンドグラスの丁度真下辺りに在る。
一台の燭台が飾られた教壇の元に辿り着いた彼女は天井を見上げメリルシアを握る手に力を込めた。
「鐘が鳴り響いたら、本当の夜の始まりだから。絶対其処にこの元凶は居る筈だ」
彼女がそう呟き、アレンが了承の意として頷き返した時に異変は訪れた。
―… カーン カーン
「――鐘の音ッ…!」
アレンがいち早く鐘の音に反応を示し、の方へ視線を向けた瞬間ガギィン!と激しく硬質同士の物が激しくぶつかり合う音が響いた。
視線を向けた先では先ほどまで一体も居なかった筈のアクマが周囲のありとあらゆる闇の中から蠢き、此方の様子を窺い、そして先で一人戦うを狙っている。
ギラギラと怪しく光る眼光の先に映っているのは恐らく彼女だけだ、自分の姿は映っていないのだろうか?
あれ程アクマが居るにも関わらず一切此方へ向かって来る様子がない事を不思議に思いつつ、アレンは自身の左手を掲げた。
正確に言えばイノセンスを発動させた、武器へと成った己の白き腕を。
ギギギッと耳を押さえたくもなる不愉快な硬質の物同士が擦れ合う音を鳴らし、のメリルシアとアクマの鋭い刃と形を成している部分がお互いに押し合う。
間近に見えるそのアクマの姿は醜く、本当に自分の眼を疑いたくもなるもの。
しかしその存在がどれほど悲しい者達であるのか知っている。いや、本当は師から教えられたんだった。
少し瞳を細め、対峙するアクマを見据える事で元となった人々の魂こそ見えないが何処か悲しさが零れてくる。
狂気だけが表面上に現れていると思えるだろう、しかし。彼等も元は人間なのだから。
は僅かに膝を折り曲げ、素早く咬み合せていたアクマの刃に滑らせる様に鎌を押し込み、
「御免、」
周囲に構えていた数体のアクマ諸共切り裂いた。
激しい轟音を立てて崩れたアクマの残骸が床に落ちると同時に、がアレンに向かい顔を向け、
「今行って!」
「――わかったッ」
アクマが再び道を塞いでしまう前に、アレンが素早くの脇を通り抜ける。
その際にお互いの視線が合ったが、お互いに僅かな笑みを浮かべ軽く頷き合いアレンが無事階段を登り始めるのを確認した後視線を戻す。
「モウ一匹イヤガッタ!」
アクマの内の一体が悔しそうに言うが、その後言葉を続ける事は出来なかった。
は僅かな隙も逃さずに、メリルシアを構え直すと同時に床を蹴り巨大なる其れを振り被りまたも数体のアクマを同時に沈めたのだ。
ガラガラ、と崩れ逝く仲間の姿を見て憤慨するアクマ達はを完全な標的と決し一斉に襲い掛かる。
しかし、はそれに恐怖する事も怯える事せずに、妖艶たる笑みを口元に描き向かい来るそれらを見据え呟いた。
「大人しく葬り去られてた方が良かったかもしれないのにね」
メリルシア、それは彼の賢者に名づけられた嘗て神の遺品の名
2006.9/13
調子が中々悪いみたいです、うーん…orz
後二説くらいはオリジ設定話しが続くかなーと思われます。
結構この設定楽しかったりもするもので…本編(原作)に行くまでは少々お待ち頂ければ…!