人には優劣があるというけれど、それはきっと誰かが与えてくれた一つの人生においての課題で







生きる道を選ぶ切欠になると思ってる





















20. 一人の人、として
























世は深い夜に更けた時刻。







アクマの突然な襲撃を受けた後に、一旦その場の近くに他のアクマが居ないか探索してみたが一体も見つからなかった。

結局あの時急にアクマが退いた理由もわからないまま、ミランダの住むアパートへ移動したアレンと

落ち着ける場所に来てひと段落つけるかと、今回の奇怪について一番関係の深そうなミランダの話を少し聞いた後椅子に座りぼんやりと宙をは眺めていた。

しかし突然右腕を掴まれ驚き視線を上げてみれば、目の前には表面上には出さないように努力しているのが窺える、それでも影の落ちた表情を湛えたアレンの姿。

は暫く瞬きを繰り返し見つめてくる彼を怪訝に思ったが、掴まれたままの右腕をひっぱられ椅子から立ち上がらされる。


「…アレン、どうした?」


少し何時もとは違う様子の彼を眺めながらも、無言のまま連れて行かれたのはミランダとリナリーがソファーに座り話し合っていた場所だった。

急に現れたアレンとに驚いた二人は彼に腕を引かれたまま困った表情を浮かべたを見て首を傾げたがアレンがリナリーに向かい笑みを向けたのが始まりだ。


「リナリー、腕怪我してるので手当てしてくれませんか?」

怪我してたの?早く言わなくちゃダメじゃないッ!」


いきなり何を言い出すんだ、とは僅かに目を見開きアレンを見るが彼は何か意を込めた笑みを返しただけで直ぐにふいっと顔を逸らしてしまった。



先ほどからこんな感じだった気がする。俺何かしたっけ…?



急変した彼の態度に違和感と言い語れぬ心の内に生まれた蟠りを抱えつつも、リナリーやミランダまでもが心配そうな眼で見てくる為降参の意を表し椅子に座る。

そして救急箱を開け消毒液などを取り出している間には怪我を負った左腕の袖を捲り上げた。


「っ…ちゃんそんなになるまで放っておいたの…!?」


途端、傍で見ていたミランダが顔を一瞬にして蒼白に染めの腕の怪我を見て悲鳴を小さく上げる。

はそんなミランダの反応に逆に驚いていたが、「あー…」と小さく声を漏らすとバツが悪そうに眉を顰め呟いた。


「別に、怪我…慣れてるし」

「そういう問題じゃないでしょ」


少し強い声色でリナリー咎められた事が少々癇に障ったが、彼女の言い分もミランダが驚くのも無理は無いと思う。


自分も手当てして貰っている最中腕の怪我を見てみたが、其処は火傷の痕のような傷が未だ乾いておらず酷く膿んでいるような状態。

普通の人間ならば痛みに耐え切れず声を上げたり、触れて痛みを伴う原因にもなる服を捲り上げるだろう。

しかし自分は怪我を負った際に僅かな反応を見せただけで、それ以来腕の怪我なんてしてもいないかのように振舞ってた。

言う事は無いかもしれない、自分の身体に何らかの異変が起こっている事にだいぶ前からは気がついている。

ただそれが一体何が原因で起こっているのかわからないままだった為に、周囲の人へ言って余計な不安を抱えさせるのも面倒だと思いあえて隠した。

それでも怪我を負った途端はそれなりの痛みを伴うのに、次第に痛みを余り感じなくなるのは人として可笑しいだろう。

痛みを知らなければ、怪我という些細な事さえも忘れてしまう。

其処まで、自分は何かに切羽詰っていたのだろうか…それでも、例えそうだとしても何に?

言い知れぬ不安と自分の身体に起こっている異変が更なる進行を深めてしまうかもしれないという不安に駆られながらも、真っ白な包帯を眺める事だけに集中した。

何もかも、覆い尽くしてしまいそうな白、に。




アレンは少し離れた場所から彼女たちの様子を見ていたが、リナリーに手当てを受けてる際のの表情がほんの僅かな変化も見せない事に気がつく。

傷の手当、それに誰だって少なからず傷口に何か当てられれば痛い筈。

なのに彼女はそういった反応を見せていない、無理しているようにも見えない。

眉を顰めその様子を眺めていたとき、不意に初めて彼女に対して不信感を持った出来事が脳裏に浮かんだ。





それはマテールの任務の時。

僕のイノセンスの能力を写したレベル2のアクマに、二度も重度の怪我を負わされたというのにも関わらず彼女は平気な顔をしていた事が多かった。

数回無意識の内にだろうか、傷口に手を当ててたりはしていたが手当てもせず、ただ進んで。

神田を庇う際に駆け出す前の彼女の顔には苦痛や疲労感でもなく、笑みがあった。



それはまるで心配するなと訴えるような、説得力の無い 笑み



あのような笑みを見れば更に不安の心は募るばかりだし、何よりも彼女は自分の身よりも他人の安全を確保する行動が多い。

普段どちらかと言えば表面上冷めた、とは言っていいのかわからないが他人と深い関わりを持とうとしない彼女が、他人を必要以上に庇う。




矛盾、してる




それでもそう思う事を言い出せない自分が居た。

怖いのか、わからない。

怖いというのかさえも、わからずに。


ただ、彼女に対してそう言い出す勇気が無いだけなのかもしれないけれど。




吐き出す場所の無い、この重苦しい気持ちを抑えるかのようにアレンは右手を強く握り締め俯くことしかできなかった。






















それから三日後、三十四回目の10月9日。



「はーい、いらっしゃいいらっしゃーい」


大通りの一角、大きなかぼちゃの被り物を被った一人の少年が様々な物をジャグリングという曲芸を駆使し、玉の上に乗りながらこなしていた。

そのかぼちゃの被り物を被っているのはアレンで、もう一人傍には魔女の格好をした女性の姿。

女性はミランダで籠を持ち漆黒のマントに三角帽子という、正真正銘の魔女の姿。

何故か彼女の風貌と酷く似合っており、少し脇で見ていたは小さく苦笑を浮かべると同時に目の前に一人の女の子がいるのに気がつく。

少女はあどけなさが残る顔に在る、真っ直ぐで純な光を宿した双眸をに向けていた。

もしかしてこの場に居たから自分も劇場の団員の者かと勘違いしてしまったのだろうか、一向に視線を外す事無く二人は暫く見詰め合っていたままだったが少女が口を開いた。


「お姉ちゃんはなにかできるの?」

「んー…、残念だけどかぼちゃさんみたいな芸は出来ないな。だけど」


は出来るだけ柔らかな笑みを湛え、頬に添えていた右手を離すと静かに手首を回しパチンと指を鳴らす。

すると彼女の手にはいつの間に現れたのか、太陽の光を受け綺麗に輝く瑞々しいピンクの薔薇が一本、風にそよぎ揺らいでいた。


「わぁー…!」


急に花が現れた事に驚いていた少女だったが、直ぐに驚きは感動の色に変わりさっきより更に輝いた瞳でを見る。

ここまで感動されると、小さな手品でも嬉しいものなんだな。

小さく心の中でそう思うと、静かに笑みを深め少女に向かい差し出す。

それをおそるおそる受け取った少女はを見て、本当に貰っていいのだろうかと言いたげな表情を浮かべた。


「あげるよ、トゲは無い。君だけのお花だから」

「ありがとうお姉ちゃん!」


少女は最初に見せた笑みよりも、更に屈託の無い眩しい笑顔を零し母親と思われる女性と共に大通りの人並みの中へ歩んでいった。

途中何度も振り返り手を振ってきた少女に、軽く右手を上げて降り返していたが見えなくなるのと同時にゆっくりと笑みを消し手も下げる。



久しぶりに、使ったな



この小さな手品は師匠からエクソシストとして戦う為の修行ばかりじゃつまらないだろう、という配慮から教えて貰った一つの暇潰し。

結局余り興味の沸かなかった自分はこの花を一輪出す手品しか覚えずに時を過ごしてしまった。

これなら何の道具も無くても出来るし、綺麗な花を直ぐに見るには丁度良いかもしれないという当時の浅はかな自分の考えの結果。

しかしコレが今になって役に立つとは思えず、意外な事もあるんだなと小さく嘆息しながら視線を上げれば一旦芸を辞めたアレンが見下ろしていた。

何故かあの日の夜からは、彼も普通に接してくれるようになり笑みも返答も返してくれるようになった。

一体あのときの態度は何だったのだろうかと少々割り切れない部分もあったが、場に合わせるしかないのだろう。


「リナリーと話してきますけど、も来ますか?」

「……ミランダさん一人で大丈夫なのか?」


少し不安も織り交ぜた声で紡げば、近くに佇んでいたミランダは小さく笑みを零し「大丈夫よ」と答える。

彼女が良いと言ったならば大丈夫だろうか、と静かに立ち上がりリナリーが待っている路地の方へと回った。




「どう?この仕事は」

「うまくいったら正社員にしてくれるそうですよ」

「ホント!?」

「今度こそ決まれば良いんだけどな、」


あれからアレン、リナリーそしてで話し合った結果ミランダの強い絶望感にイノセンスが反応したと推測を立てた。

だからこそ、この異変の原因を作ったミランダの気持ちがプラスへ向かったなら奇怪が止まるかもしれない、と。

そう考え行動には出ていたのだが、この三日間の間で既に五件も職をクビになってしまっている。

流石に疲れが出てきたのかアレンはかぼちゃの被り物を被ったままだったので表情はわからなかったが、声色が疲れていたしリナリーも心なしか疲労の色を隠せ切れず。

そんな二人の様子を見て苦笑を零しただったが、リナリーの視線が自分の方にも向いてる事に気がついた。


「それにしてもアレン君って大道芸上手なんだね、も手品出来るって知って驚いたわ」

「僕は小さい頃ピエロやってたんですよ」


リナリーの言葉を返しながらもアレンは起用に玉の上に逆立ちの格好で乗り、巧みに操りながらバランスを取っている。

も僅かに視線を落とし、自分の右手を眺めていた格好からくるりと手首を回しパチンと指を鳴らし今度は深紅の薔薇を出した。

彼女の手の中で揺れる一輪の其れに感嘆の息を漏らし、両手を合わせ子供のように瞳を輝かせながらリナリーは声を上げを見た。


「わぁ、すっごく綺麗!」

「え、あ、まぁ…そう素直に褒められると…」

「僕も綺麗だと思いますよ、幼い女の子にもピンク色の薔薇あげてましたよね?」

「…見てたのか?」

「ええ、しっかりと」


被り物越しでわからないが、声色からしてきっとアレンは笑ってる。

余り直に褒められることが苦手なからするとリナリーとアレンの言葉は恥ずかしい物でしかない。

でもそれと同時に、凄く嬉しいとは思うのだがどうも自分が素直に礼を言うのは性に合わないと自分の中で勝手に決め付けている為、戸惑いながら視線を逸らすことが精一杯だった。


「話は戻すけど、アレン君って色んな国で生活してた事になるのよね?いいなぁ」

「聞こえはいいけどジリ貧生活でしたよー…、リナリーはいつ教団に入ったんですか?」



「私は物心ついた頃にはもう教団に居たの、」









その後の話は何故か朧気にしか聞こえなかった


ふと始めた幼い頃の話が切欠となり、自分の元居た世界の事を思い出してしまったからだろうか

こんな街並みはなかったし、食文化も語源も時代も何もかも違う、元の世界

ワケあって両親とは暮らしてなく、一人暮らしだったけどそれなりに楽しかったかもしれないあちら側の、記憶

そっちではと毎日話して、遊んで、時につまらないことで喧嘩したり

それでも翌日にはもう互いに笑い合っていた、そんな日々ばかり続いていた気がする


でも、今は?


此方側の世界に来てから凄く楽しい、と思えた事はあっただろうか

師匠に会う前は地獄、とも言える光景を見て人を初めて手にかけて

それからはエクソシストという知識を覚え、世界について色々と調べたりアクマとは一体どういったものなのかを教えられ



ひたすら、アクマという悲しい存在を壊す為の力をつけているだけだったような



その間と楽しく笑え合えていたっけ?

その間、自分にとって楽しいとは何かを忘れてしまったような気も


いや、素直に笑う事が少なくなったのは自分でもわかってた


何故かはわからないけど、自分はそうすることで二人が居る場所に居れる気がして

何かを代償に生きれば、何時かは帰れる方法が見つかるかもしれないんだ、と

あの世界に未練は、無い

二人が帰れるならばどうでも良いか、と心の中で考えていた








じぶんは、いったいなにをしたくて












「――?」


傍から声をかけられ、小さく肩を揺らし声のした方へ視線を向ければアレンとリナリーの二人が心配そうに自分の顔を覗き込んでいた。

確か、話の途中で意識が何処か遠くへいってしまったかのようになっていたんだ。

だから二人から見れば虚ろな表情をしていたのかもしれない、は小さく苦笑を零すと二人を見る。


「御免、ちょっと考え事しててな…」

「体調悪いワケじゃないのね?」

「……うん」





「ねー、そこのカボチャアー」



突然声をかけられたアレンが振り向くと同時にリナリーとも視線を向けてみれば、其処には傘を持ち片手に持った飴を舐めながら佇んでいる少女が居た。


「『カボチャと魔女』のチケット、どこで買えばいいのー?」

「チケットはこちらでーす!あっ、、リナリー!後半がんばってきます!」

「がんばって」

「おー…いってら」


少女を案内するために意気揚々と駆け出していったアレンの背を眺めながら、リナリーとはふと視線を合わせ互いに苦笑を漏らす。



「――ッ何だと!」



しかし突然聞こえた罵声に場の雰囲気は一気に変わってしまい、二人の表情からは苦笑が消え去る。

嫌な予感がして立ち上がるのと同時にリナリーはその脚力とダークブーツの能力を生かし建物の上に様子を見る為駆け上り、はアレン達が居る場所へ向かう。

其処に辿り着けばアレンが丁度今まで被っていたかぼちゃの被り物を取り、駆け出すのと擦れ違い一体何があったのだろうかと眉を顰める。

辺りへ視線を滑らせて見ればミランダを囲うようにして大勢の人がおり、ミランダは地にへたり込んだままの格好で泣いていた。

直ぐに駆け寄って彼女の目線に合わせるようにしゃがみ込めば、だとわかったのか更に顔を歪ませ縋り付いてきたのをは抱き留める。

宥めるように、それでもしっかりするようにという意を込め方を抱いて小さく問いかければ彼女は言葉を途切れさせながらも、紡ぐ。


「売り上げ金を…スリに盗られてッ…」

「……そっか、」


表面上では平静を装いつつも、心の内では舌打ちを鳴らしながらも更に彼女を庇うように抱き寄せる。

この厄介な時に更なる厄介事が舞い込むとは思ってもいなかったために起こった事故。

それは全て誰か一人のせいでもない、恐らく自分達に平等に与えられるべき罪。

そうだというのに、





「役立たず」





「「――――ッ」」


ミランダが息を呑むのと、劇団長から発せられたあまりにも酷すぎる言葉にがキレかけたのは同時。

ギリ、と奥歯を噛み締め荒々しい眼光を湛えた視線を投げ掛けようと身体を捻った瞬間、ミランダに袖を掴まれる。


「良いのよ…ちゃんのせいじゃないッ…」


そんな事はないんだ、

そう言いたいのに何故言葉が出ない?


「何で私ばっかりこうなのよ…何で私の時計がイノセンスなのよッ…!」



それ以上は、






「あんたの時計がイノセンスなんだぁ」



不意に聞こえた声の方に振り返ってみれば、アレンへチケットの売り場を問いかけた少女の姿が視界に入った。

少女はその顔に綺麗な、それでも何処か歪んだ笑みを湛えながらミランダと自分を見つめていた。

何故か酷くその笑みに不快感と、言い知れぬ不安感を感じ咄嗟にイノセンスを発動させようとミランダを少し後方へ下がらせ右手を突き出した



筈だった




「―――ッ、う…ッ!」


刹那喉が焼け付くような痛みが襲うのと、咳き込んでしまうのは同時だった。

身体中を駆け巡るような激しい痛みに意識が朦朧とし、膝から地に崩れ落ち咄嗟に口に当てた手を離してみれば鮮血色に染まった、自分の手。

一体何が起こった、何故重度の怪我を負ってもいないというのにこれ程の痛みが襲う。

思考の中で整理しきれない内に驚愕に満ちているだろう瞳を僅かに上げてみれば、其処には楽しそうに笑みを浮かべた少女が自分の目線に合わせしゃがみ込んでいた。




「やっほー、迎えに来てあげたよぉ?



そう言った少女の口元が奇怪な形に歪められたのを見たのが、最後
















『  あのメスいただいた お前らが守ってたメスいただいた、傍に居た"イレギュラー"もロード様がいただいた  』



















                                    2006.10/30