凍てついた空気が肌を痛々しく刺すも、その感覚は胸中に生まれる後悔の念に押され








どうしてあの時ミランダさんと  の元を離れてしまった?









――恐らく、アクマが言う"イレギュラー"というのは何処かで通じる彼女の、
























21. 知りたくも無かった事実と異名



























カーン カーンと無機質に響く音で意識は覚めまだ重く完全には開かない瞼を薄っすらと開く。

僅かに開けられた視界に映ったのは数多くの玩具と蝋燭、人形が不気味な程並べられ漂う違和感のある部屋だった。

激しいノイズが混じったかのようにチラつく視界ははっきりと物を捉える事が出来ない。

それに、喉。いや身体の奥深くから感じる焼け付く痛みと口内に残る鉄錆びた味が酷く憔悴した思考を更に荒し、思わず眉を顰め未だ鳴り続ける音の方へ視線を向けた。


其処にはまだ意識を取り戻してないのか、項垂れた格好で壁にイノセンスを発動させたままの腕を太い杭でアクマに打たれている満身創痍の姿のアレン。

全身に酷い火傷のような傷を負っていて見るにも耐えられぬ、姿。

は一度未だ霞む視界を鮮明にしようと瞼を閉じ再び同じ方向に視線を向けてみれば、先ほど捉えた光景のまま。

これは夢でもない現実、と思考が認識した時点で助けなければと脚に力を居れ立ち上がろうとしたがそれは出来なかった。



「―――ッ、ゴホッ…!」



突然襲い掛かる喉を焼き尽くすかのように熱い痛みと鮮血の味が広がり、真っ赤な血を吐き出す。

咄嗟の事で手で覆うこともできなかった血は漆黒の団服を染め上げるとばかり思っていた、着ていた筈の団服は無く下に着ていた白いシャツに紅い色が落ちた。

どうして団服が無いんだ、と思いどこかに在る筈の団服を探そうとして腕を動かそうとしたが、それさえも叶わなかった。

右手と左手は太く重々しい鈍色に瞬く鎖に身体の後ろで拘束されて壁に打ち付けられ、両足首にも同じ鎖が幾重にも幾重にも。

まるで、逃れることを許さないような。





まるで、自分の右手に在るイノセンスの鎖の様に





ちゃん…ッ」




言い知れぬ感覚が胸中に生まれ、息を僅かに呑むのと同時に僅かに離れた場所から自分の名を呼ぶ声が聞こえゆっくりと視線を向けた。


視線の先ではミランダと劇団前で遭遇した少女が自分の団服を手に持ち数体のアクマと何か話していて。

更に其の奥ではイノセンスと思われる古時計に両手の甲を無残にも野太い杭で打ち込まれ恐怖に陥れられ涙を流すミランダ。

そして、ミランダの声を聞いたアクマと話していた少女が此方を向き、静かに笑みを浮かべた。



「あれ、。起きたぁ?」



は何故出会ったばかりの少女が自分の名を知っているのだろうかという焦燥感と、彼女に隠れ見えなかった人物に驚きを隠せなかった。



「――ッ…リナリー…!」


其処には生気の無い虚ろな瞳を宙に彷徨わせ、綺麗な漆黒のゴシック調の服に着せ替えられたリナリーが椅子の上に座らされている。

が微かに呼んだ声にも反応を見せないのは、おかしい。

恐らくアクマと、共に居る少女が何らかの手を施したに違い無いと思いはイノセンスを発動させようと右手に力を入れれば鎖が重い音を響かせた。

未だ立ち上がろうとする彼女を見て少女は妖艶な笑みを浮かべたかと思えばゆっくりとの元に歩み寄り。






にっこりと、それは歳相応の笑みをに向けた。








があんま自慢してくるもんだから、早く会ってみたかったんだぁ」








「………ッ、今…何て」



彼の名を聞いた瞬間何かがドクン、と呼応した。

どう見てもアレンやリナリー、それにミランダが怪我を負ったりしているのにうろたえも反応も示さない人間の少女が。

アクマと行動を共にしている少女が自分の師であり、少女が共に居るアクマを破壊するのが使命のエクソシストである師匠の名を知っている。

目の前にある少女の笑顔は全く悪意も感じられないし、素直に喜んでいる笑みだというのはわかる。

しかしどうしてこうも心の奥底の何かが危険信号を知らせ、イノセンスを疼かせるのか。

掠れ掠れに紡いだ声は酷く動揺を押さえ切れず、紡いだ自分でも驚いたが視線の先に佇む少女は紡ぎ続ける。


「何での名を知ってるかって聞きたいんでしょぉ?でもね、まだ言えないや」

「……どうしてだッ」

「さぁ、僕たちと一緒に来てくれれば教えてあげるよ?あー…でも一つだけ別の事教えてあげる」


そう言って笑った少女はの前に跪くと彼女の首へ静かに腕を回し、優しく頭を包むような格好になる。

急にそうされたことに酷く驚いたは今度こそイノセンスを発動させようと右手に力を込めた。




呼応、しない




何時もなら何の異変も無く漆黒の大鎌を形成するそれは一切の反応も見せず、発動しない。

イノセンスを使う際に感じる力の感覚も、メリルシアを想像させる神の結晶と謳われたイノセンスの光、も。

そのことをわかってなのか、少女が微かに"嗤った"気がした。






の事、僕たちやアクマの中で"イレギュラー"って呼ばれてる意味わかる?」





言われてはならない真実が、垣間見える







も異世界人って事はわかるけどさぁ、あの二人はただのヒト。だけは違うんだよぉ?」







何故、其処まで




















「 イノセンスに選ばれたのに神の使徒に成り切れず、世界の迷子となった哀れな子。



そして僕らノアの一族でもない、この世界の異端者。世界の始まりのヒト、アダムとイブの忌み子。愛を知らない子。





誰とも相容れることのできない子。





それが"イレギュラー"と呼ばれる由来での名前ぇ 」













「――…何だ…、それ…」






目の前の少女が紡ぐ言葉の意味なんか知る術も無いし、言っている事は全て非現実的でありえない話。

例え話とか大袈裟な御伽話なら通じるかもしれない言葉ばかり。



なのに、どうしてその一言一言。初めて聞くというのに己の内に生きる何かに反応する?



世界の中に神話は存在するといわれるが、それは嘗ての神々が残した功績や力の存在。

太古の賢者が残す歴史により語られる話は数多くある。それは星の数程。

そんな実際に見たわけでもない、嘘でしかないと信じる事が出来ない話が自分に関して、そして世界の異端者?


何もかもがわからなかった


でも、今まで生きて来た中では自分は唯単に普通の"ヒト"として生きて来たつもりだし

も、そう認めてくれていた筈



……筈?




「…ッんな話信じられるか…」


自分は、ただ普通に二人の親友を元居た世界に帰そうと前に見える道を進んでた


「ただッ…俺は勝手にこの世界に飛ばされた何も力の無い人間だ…!」


本当に、二人の親友に縋ることしかできなかった  弱い人間






「そんなデタラメな話本当なワケがないッ!!」









「――………?」







信じられない、とても自分には関しない話と思い込みたい事を紡がれつい我を忘れ素を曝け出すことしかできなくて。

声を荒げ、叫んだ後に聞こえたとても静かな静かな少年の声。

何時の間にか離れていた少女越しに見えるのは、白髪の髪を湛えた一人の少年の姿。

彼は、アレンは薄っすらと瞳を開きまだ完全には開け切らない瞳を此方に向けていた。

その瞳に宿っていた光は困惑と、動揺。

まさか彼は少女が話すことから全て聞いていたのだろうか。



自分が、この世界の住人ではない事を知ってしまったのだろうか



は一番知られたくも無かった事実を知られ、どうしようもないこの自分の不甲斐無さと何故か込み上げる焦燥を押さえる為唇を強く噛み締め俯く。

少し、いや噛み締めた唇も心の奥底も何故か、痛かった。

どうしようもなく、ただ知られなくても良い事実をエクソシストという使命だけでもその身には重い一人の少年に。


科してしまった事への後悔の念が





「起きたぁ?」


だが少女はの気も知らないのか、そのまま眼が覚めたアレンの方へ顔を向けると先ほどへ向けた笑みとは違う何処か闇の籠もる笑みを向けた。

そしてアレンもリナリーとミランダの状況を把握すると二人の名を呼び立ち上がろうとするが、イノセンスの腕を壁に打ち付けられている為動けない。

リナリーの傍に居るアクマが「気安く呼ぶなよ、ロード様のお人形だぞ」とニタリとした笑みを浮かべるのと同時に、アレンは眉を顰めた。


「…キミはさっきチケットを買いに来た…キミが『ロード』…?」



「どうしてアクマと一緒に居る……?」



段々と紡ぐ声に動揺の色を隠すことができなかった。

目の前に佇むロードという名の少女にはアクマの魂も見えない、普通の人間にしか見えない彼女が何故アクマと共に居るのか。

そして、まだ意識が朧気なままの時に脳裏に深くこびり付いたあの言葉。



" イレギュラー "とが呼ばれる由来の事



一番信じられないのは矢張り彼女自身なんだろうけど、自分でもとても信じる事が出来なかった。

彼女がこの世界のヒトではないという事、彼女はイノセンスに選ばれたのに神の使徒と成り切れなかった事。

誰とも、相容れることができないという こと。

彼女は何かと自分を隠すことは多かった。

普段から共に長く居た方の自分にも隠し事は多かったし、彼女が言いたくないならと深く追求する気にもならなかった。

ただ、彼女と共に居られるだけで良いと思っていた自分が居る。

何時も眺める背は、遠くて淋しくて悲しかった彼女が何時かは話してくれるのを願ってばかりの、自分が居た。


自分も、ただ浅はかだったのかもしれない。



「僕は人間だよぉ」



ロードが不完全な三日月のように、奇怪な笑みを口元に描くと同時に彼女の肌の色が変わり始める。

白色の肌は段々と地の底から湧き出るようなズズ、という音と共に段々と浅黒く染まり。


「人間がアクマと仲良しじゃいけないぃ?」


「アクマは…人間を殺すために伯爵が造った兵器だ…人間を狙ってるんだよ……?」


淡々と、同時に楽しそうに笑みを浮かべながら紡ぐロードの表情を困惑した瞳で見据えるアレンが言うが、彼女は彼の言葉を聞くなり更に口元を歪めた。



「兵器は人間が人間を殺すためにあるものでしょ?」



そう、紡いだロードの表情にはもうこの場の状況とアレンの反応を楽しむ笑みしか無い。



「何も知らないんだねエクソシストぉ、お前らは偽りの神に選ばれた人間なんだよ」






無残な言葉を吐く、その少女の額には黒い十字架のような模様が浮き出ていた












「僕達こそ神に選ばれた本当の使徒なのさ、僕達ノアの一族がね」



















                                               2006.11/3













何だか無茶苦茶な設定ばかり増えますね!    orz
な、何とかこの設定で頑張っていこうかなと…

ちなみにこの連載での"イレギュラー"とは主に『異端者』という言葉を指します。
異端者は直訳すると正統から外れた思想あるいは信仰をもつ者。という意味ですが、
【 世界の常識から外れた者 】という意味で、この連載では使ってます。

普通に『異端』という言葉の意味の【 正統から外れていること。 】が合ってるかも。
にしても本当ノアが絡まると書きづらいですな…難しい…!