カチ、と硬質な音が響くのと身体の痛みが消え去ったのは同時だった
23. "Are you ...?"
いつの間にか消えていた怪我の痛みに気がついたアレンは微かに薄れ掛けていた視界を開けた。
見えたのは不安そうに自分を覗き込んだミランダと、様々な形に歪んだ時計が浮かぶ空間。
驚いたアレンはばっと身を起こし己の手を見るが、負っていた傷が全て消え失せ痛みも綺麗に無くなっている。
ミランダの方を見て、そして僅かに離れた後方に在る時計を見て核心したかのように口元に笑みを描き口を開く。
「やっぱり適合者だったんですね、」
そして彼女に対し向けた柔らかな笑みを消して、瞳に鋭い眼光を湛えると左手を強く握り締めた。
急にミランダの周囲から零れ出した光の陣に囲まれた彼らの様子が見えず、まるで時計を守るかのように現れた異質なドーム型の膜をアクマ達は興味深く覗く。
しかしその内の一体が触れようと右腕を前に出した時。
―――ガァアンッ!
良く見えなかった者からすれば僅かな蒼い光を帯びた何かが音速の如く通りすぎたようにしか見えなかっただろう。
だが其の通り過ぎた"何か"は姿を消す事も無く、そのままの状態で存在していたから視線を向けた者達の瞳に映る。
其れは僅かな蒼い光を帯びた、禍々しさも神々しさも湛え鋭利な刃を持った薙刀のような武器がアクマの腕を貫き壁までも貫き通していた。
「――ッグァアアァア!」
悲痛なアクマの叫び声が響く中、一人だけ口元に薄っすらと笑みを浮かべる少女が居た。
脚に太く重く、重苦しい拘束する為に巻かれた鎖をものともせず、右手を突き出した格好で酷く光の篭らない冷たい瞳をアクマへ向けた少女。
その少女は口元に浮かべた笑みを更に深めるのと同時に異質な形状と化しつつある右手を捻り、小さく口を開いた。
「よっぽど死にたいらしいな、貴様等」
その笑みは普通の人間、少女、誰でも浮かべないような異質な"嗤み"
人間を殺すことをプログラムされたアクマや、その場の状況を眺めていたノアの一族であるロードでさえも浮かべるかわからないモノ
何本もの筋が走り、色白かった筈の少女の手は神の結晶と謳われたイノセンスに寄生されているように形容しがたい程変形し。
その手の平から生まれ出たのが今アクマを貫いている一つの刃。
其れは彼女の手でもあり彼女の武器でもあり、の身体の一部でもあるように其処に在った。
が一度指先を開くと勢い良く手の平から生える様にして在る其のイノセンスを握り締め、ギシッと右手首に浮かび上がっているイノセンスの核が疼く。
まるで早く敵を破壊させてくれと。
早く其の身など投げ捨て、戦いに身を投じろと訴えるようにその鳴った音は重く。
は右足を後方に下げると手から伸びたイノセンスを上に薙ぎ払い、アクマの腕を切り落とすのと膜のような物の中から白い腕が飛び出すのは同時だった。
その巨大な腕はアクマを捕らえるのも攻撃する事も無くただ通り過ぎ、リナリーが座らされている椅子ごと掴みその空間内に引き込む。
白き腕は仲間の物ではあるとわかっている為に特に行動する事も無くその光景を眺めていたが、不意には扱いやすい位の長さにイノセンスを変形させアクマへ視線を向け直す。
冷たく、先ほどとは全くの別人のようにも思える雰囲気に飲まれそうになるがアクマとてレベル2としてのプライドがあるのだろう。
一瞬怯んだ様子を見せるが意を決したかのように三体のアクマの内二体が向かい来る、一体だけ残ったアクマがミランダ達が居る所へ炎を吐き出した。
それが彼女達の居る場所を焼き尽くす前に吹き荒れた一陣の風が、戦いの火蓋を切って落とした。
「この風はさっき戦ったエクソシストのメスの…!」
其の風は閉鎖的なこの室内には自然に起こり得ない程強く、の方へ向かったアクマとミランダ達を狙ったアクマが同じ軌道上に居た為双方の目眩ましには丁度良く。
風が収まる前にカタをつけようかと心の中で思案し薄く瞳を閉じると同時にアクマの後方へ回り、腰を屈め腕を振り抜く。
まだ視界が晴れない中で繰り出した攻撃は敵の虚を突くのに適していたようだ。
未だ止まぬ風の流れに身を任せ、背に生えた"翼"を軽く気流に乗せ空へ舞うと同時に右手から連なる異形なイノセンスを構えは嗤った。
身体を僅かに捻り右手に持つメリルシアの柄へ左手を沿え天に掲げる様に振り上げ、
「手加減はしない 灰燼と化すが良い」
嵐のような風が止むのと同時に振り下げたメリルシアの刀身は攻撃として烈風の様な風を生み出すアクマのボディを二つに裂き、床をも破壊し轟音を立てた。
爆風で暴れる髪も気にせずにその場へすたっと降り、他のアクマへと視線を向けた瞬間別の場所でも爆音が響き砂塵が舞う。
そちらを見やればアレンとリナリーが怪我を負う前の状態に戻っており、今はロードの方へ二人共荒んだ視線を向けていた。
は彼らの居る場所から僅かに離れた所で燃えてゆく一体のアクマの残骸を見て、恐らく二人が壊したのだろうと考えメリルシアを構え直すとリナリーが此方に視線を寄越した。
彼女は何故かを見るなり其の顔に驚きと困惑の色を浮かべ、一度眉を顰めるのと同時にゆっくりと身体ごとへ向け口を開く。
「…、な…の……?」
何故かリナリーの口から発せられた言葉には困惑、動揺の他にも様々な感情が織り交ぜられたように思える。
多々の感情が込められた言葉は酷く今の心に響きは一度瞳を細めるのと同時に、彼女が向けていた視線の先を追い自分もゆっくりと視線を下ろす。
行き着いたのは自分の右、手。
まず人間としてはありえない程に奇怪な形に変形してしまい、間接が分からない程、色白さは皆無に等しくまるで闇のように染まりつつある黒い皮膚。
そして何よりも異質と感じられたのはイノセンスの核が在る手首に値する場所と、武器化したイノセンスが生えた手の平。
其処は浮き上がった筋が幾重にも重なりまるでもう一つの生きた"モノ"のように。
自分以外の意思を持つ何かが寄生しているようで、今までアクマに対し込み上がっていた感情が段々と冷めて行く感覚が脳裏を霞め、キン、と頭痛が始まる。
「―――ッうぁ…ッ!」
右手に在った武器化した部分のイノセンスが光を零し消え去るのと同時に、が静けさを湛えていた表情を苦痛に歪め頭を抱えた。
は両手で頭を抱え、終いには顔を隠すかのように膝から床に崩れ落ちてしまう。
其れを見たアレンとリナリーが彼女の元に駆け寄り様子を窺うが、反対に驚かされてしまい二人共声を失った。
何時も静かではあるが、心許した者に対しては薄くも微笑みを見せ、誰にも心配をかけないようにと気丈に振舞う。
その、彼女が今にも泣き出しそうな。
何かに怯えているような表情で頭を抱え、怖い物から逃れようとする子供のように身体を抱え込み必死で何かに耐えていた。
まるで自分の内から何かが溢れるのを堪えようと、二人に何か訴えているかのように。
「ッ…私リナリーよ!だから返事して…ッ!」
見るにも耐えられない何時もと違う彼女を案じてか両肩を掴み必死にリナリーは呼びかける。
しかしは視線は向けているものの心此処に在らず、というように空虚な光を宿した瞳を向け震えた口調でゆっくりと紡いだ。
「ダメ…だ、誰も寄らないで…ッ……もうダメなんだッ…!」
寄らないで?
一体、何の事を言っているのだろう。
アレンとリナリーは一度互いに視線を交わし、言葉の意味を受け取れず首を傾げるが少し離れた場所から声が聞こえ振り向いた。
「あー…やっぱ"壊れ"かけちゃってたんだ」
「――ッ、どういう…意味……?」
終始、言葉を紡ぐ前から湛えていたような笑みを崩さないままに口から零したロード。
しかしロードは笑みを三人へ向けたままアレンが紡いだ問い掛けに答えようとせずにゆっくりと右手を挙げてアレンの名前を宙に描いた。
「"A LL E N" 『アレン・ウォーカー、アクマの魂が見える奴。』実は僕お前のこと千年公から聞いてちょっと知ってるんだぁ。勿論の事もね」
「あんたアクマの魂救うためにエクソシストやってんでしょぉ?大好きな親に呪われちゃったから」
「――だから僕、ちょっかい出すならお前って決めてたんだぁ」
そう言ったロードの顔には何故か柔らかさも在る笑みが湛えられていて、アレンは不可解な彼女の言動に戸惑う。
自分の過去に関する事を知っている事もある、の事を知っていたというのも理由は含まれる。
だが今まで見ていた奇怪な笑みではなかった事に一番思考が追いつかないのだろうか。
脳裏で思案している内にロードは一体だけ残ったアクマに一度視線を向けると、口を開いた。
「おいオマエ、自爆しろ」
一度呼びかけられた際忠実に返事をしたアクマは、ロードの二言目に驚き思わず疑問の声を零す。
アレンも僅かに目を見開くが言った張本人は口元に笑みを描くのと同時に傘の頭をつつき、カウントを始めさせた。
その間も矢張り命は惜しいものなのか、アクマが必死に彼女に乞うがロードは一切聞かずに笑み続ける。
段々と、迫る死の宣告。
傘が残り五秒を数えた途端、今まで口を噤んでいたロードが口をゆっくりと開いた。
「イノセンスに破壊されずに壊れるアクマってさぁ…たとえば自爆とか?そういう場合アクマの魂ってダークマターごと消滅するって知ってたぁ?」
其の言葉の真意に気がついたアレンは息を呑み表情を動揺一色に染め上げた。
「そしたら救済できないねー!」
残り2秒、
「―――ッやめろ!!」
自分がエクソシストとなったのは父のような悲しい存在を救済したく、
もう誰かが自分のように悲しまなくてもいいようにアクマという存在を救済したくて。
だからこそ手の届く限りなら、自分の身を挺してまでも"救済"という選択肢があるなら幾らでも選ぼうと思っただけだった。
イノセンスを発動させたまま駆け出すのと後方でリナリーが自分を呼び止める声が聞こえたのは同時。
しかし止まっていたら、救うことはできない。
「アレン君ダメ!間に合わないわ…!!」
駆け出した彼を視線で追いながらも叫ぶリナリーの肩を掴む者が居た。
弾かれたように其方を見やればまだ片手で頭を押さえ、苦痛に顔を歪めながらも光の宿る瞳で彼女を見据えるの姿が映る。
ようやく反応を返した彼女に喜びを覚え名を紡ごうとした瞬間、はリナリーの肩を押し立ち上がるのと同時に駆け出す。
彼女が向かったのはアレンが爆発する寸前のアクマに飛び込もうとしている場所。
もしかして、と思いリナリーは当たって欲しくも無い考えが浮かび頭を勢い良く横に振ると表情を悲痛に歪め声を張り上げた。
「ダメッ…!」
カチ、と
無機質でもあり其れは終わりの合図でもある音が虚しく響いた
「―――ウギャァアアアアアア!!」
視界を焼き尽くすように照らした爆発の光に紛れ見えたのは、一人の少女とアクマの魂
2006.11/7
何だかとっても文が書けなくなりました…何故だぁああ…!(泣
雨に打たれたせいで疲れたのかな、皆さん天気怪しかったら折りたたみ傘持つようにしてくださいね…!マジで!
後一話くらいで巻き戻しの街は終了させる予定で御座います!
そしてアンケ、開始してからまだそんなにも時間は経っておりませんが
回答してくださってるお方!誠に有難う御座いますー!!
全てしっかりと読ませて頂いておりますv本当応援のメッセージとか嬉しすぎて泣けてきます…!(あわわ;
少し平日は更新遅くなってしまいますが、気長くお付き合い頂けますと幸いです*