目の前で消えゆく魂は、






























24. 救いを前に、余りに脆く



























視界を全て爆発の光で埋められてしまう前に見えた物が、酷く脳裏に焼き付いた。

自身のマナに呪われた左目を通して視界に映ったのは助けを求め、自分に向かって手を伸ばした魂。

僕はただその手を救いたくて精一杯手を伸ばしたけど、急に視界に割り込んだ少女が自分の腕を引きアクマから遠ざけるように庇った。


直後、激しい轟音を立てアクマは爆発した。





『  タ ス ケ テ  』







と、零された言葉は誰にも届かずに爆音の中へ消え去り掴み損ねた手もパン、と何とも軽い音を立て消え去って。

唯、本当に掴もうとすれば掴めた手が掠りもしなかった事が虚しく、て。


ズキンッ、と左目に痛みが走った後に傷が疼き鮮血が滴り出した。

アレンは思わず痛みに耐え切れなく僅かに声を漏らし左目を庇う様に手で覆うが、今は痛みよりも救えなかった事の方が重い。

助けられたかもしれない、目の前で散ってしまった魂の方が。

段々と燻ってくる感情と共に荒んだ視線で自分をアクマから引き離した少女、の方を向けば彼女は未だ頭を抱えながらもアレンを見据える。

その瞳には先ほどまで灯ってなかった光と、意思が有り。

そして何処か自分を咎めるような感情を込められた、意味の在る視線を送っていた。



「―――ッ何で止めた!」



それでも、今はアクマの魂を救えなかったことが悲しくて苦しくて、傷が痛くて。

アレンが血の流れ出した左目に在る傷を庇っていた手を離しを睨み付け怒鳴れば、は少し眉を顰めゆっくりと口を開いた。




「『何で?』――ッそんな事言うな!!」




は頭を抱えていた手を離しアレンの首元を掴み上げ、今まで見た事も無い位悲痛な色を浮かべていた。

其の初めて見る彼女の、普段静かで普通の女性から比べれば表情が少ない彼女が"人間らしい"表情を浮かべるのを見るのは初めてで。

アレンは何故か段々と己の中に沸き起こっていた怒りの感情が冷めていくのを感じ、静かに瞬きを繰り返した。









「目の前で唯一の友を失うかもしれないっていう気持ちわかる筈も無いだろッ…、頼むから私の前で消えようとするな……!」











その表情は、泣いていた。


実際に涙を淡い紫色を宿す瞳から流してるわけでもなかった。

目尻に僅かに涙を浮かべているわけでもなかった。

でも、の表情と声が確かに泣いていた。

自分でもわかる程悲痛で悲しくて、苦しいと思える声色で紡ぐ彼女の言葉が酷く胸の片隅を刺す様で。





アレンは居た堪れなくなり、そしてどう返して良いのかわからず視線をからゆっくりと外す事しか出来なかった。


今まで戦場で死ぬかもしれないという不安に駆られたことはあったけど、誰かにそんな心配をされて今の様な状況になった事は無い。

だから、と言ってしまうと言い訳じみた言葉になるけどそう言うしか出来ない僕が酷く嫌に思え。

こうやってから視線を外すことしか知らない僕が、一体どうすれば彼女の思う気持ちに応えられるんだろうか。

段々と沈みゆく感情の重さに、思わず瞳を伏せ唯今の現実を夢であるように願うことしか出来ない非現実的な自分が酷く醜く思えた。

でも、これが夢ではない事に気付かされたのは直後の事。

未だ自分の首元の服を掴み上げる彼女の腕からポツリ、と一つ何かが落ちた。

それを視線で追えばモノクローム色に飾られた床に酷く栄え禍々しい色に染め上げる、血。

何故血が?と静かに視線を上げ、視界に映った彼女の容態に驚きアレンは目を見開いた。

肩と腕は酷く焼け爛れ、頬も擦ったような生々しい血を流す傷が在り、彼女の足元には僅かな血溜りまでもが在る始末。

もしかして先ほどの爆発に巻き込まれたのか、と今更。本当に今更ながらに焦燥感が駆け巡り自分の首元を掴む彼女の腕を取り払い。

逆に、怪我に響かない程度に強くの両肩を掴んだ。



、その怪我もしかして…ッ」


「…何も言うな、」


「でもそのままじゃ君が…!」















「  "失いたくないから"そう思っただけじゃダメ…かなやっぱ… 犠牲になる、言い訳って……さ  」















そう言って、はマテールの時に見たような笑みを僅かに浮かべたのを最後にゆっくりと瞼を閉じた。


「………?」


本当に静かに、眠るように。

目の前に居るのに何の返事も返さない、精巧に作られた人形のように沈黙と静寂を守る彼女。

生きているかさえも、わからない程彼女は"静"に包まれていた。


「――ッ!」


何度肩を揺らし声をかけても固く閉じられた瞳は開かれる事無く、段々と元々白い肌が更に色を失い蒼白に見え。

アレンは信じたくも無い現実に唯、悲痛に駆られる自分の感情を抑えることしか出来ず。

しかしタッ、と軽快な音を立てて近寄ってきたリナリーがその表情に焦燥を浮かべながらも、の手首を優しく取り手を当てる。

暫くそのままでリナリーは双眸を薄く閉じていたが、僅かに視線を上げアレンの方を見ると安心させるような柔らかい笑みを作り軽く頷いた。

その意味は、まだ彼女は生きてるということ。

彼女の表情の意味を受け取り軽く安堵の息を吐けば一気に心を支配していた、焦燥感が軽くなり些か苦しかった胸中も軽くなる。

そしてをリナリーから預かり、特に酷い怪我を負っている右肩に触れないように彼女を抱え立ち上がれば背後に気配を感じた。

振り向く前に聞こえた陽気な声に、とても言葉では言い語れない感情が沸々と湧き出した。



「全部壊られちゃったか、今回はここまででいいやぁ。思った以上に楽しかったよ」



ロードの声が聞こえた後に地面からせり上がって来た扉が開き、其の扉に向かおうとする前に。

アレンは左腕のイノセンスを解放し、去ろうとするロードの後頭部に其れを当てがった。

表情は見えないものの、今回の事の発端でもあり唯一救えなかったアクマに自爆を命じたノアであり、人間でも有る彼女が酷く憎く思え。

燻ってくる重い感情を必死に抑えようと唇を噛み締める。

その感情を知ってなのか、アレンの気持ちを悟ってなのかわからないがロードは薄く笑みを浮かべ口を開いた。


「優しいなぁアレンは…僕のこと憎いんだね、撃ちなよ」




「アレンのその手も兵器なんだからさぁ」




確かに、ロードの言う事は一理ある。

幾ら救済とか、綺麗な言葉で言っても結局はアクマを"破壊"する為の武器でしかない。

イノセンスは神の結晶と謳われるが、適合者が居るからこその物だ。

言い返せない事が悔しく、アレンは瞳から自然と流れ出る涙を拭うこともしないまま口篭ってしまうがロードは言葉を続ける。



「でもアクマが消えてエクソシストが泣いちゃダメっしょー、そんなんじゃいつか孤立しちゃうよぉ」





みたいにね、




「―――…え、?」



「じゃあねェ、また遊ぼぉアレン…も最後にまた話したかったなぁ」



そう言ってロードは薄く笑みを浮かべ、漆黒の闇が広がる扉の向こう側へと消え去った。

アレンは彼女が去り際に紡いだ言葉の意味がわからず一瞬戸惑い、声を零してしまいゆっくりと右腕に抱くへと視線を移す。

彼女のように、とは一体どういう意味なのだろう。

未だ知らないことが多い彼女の過去に何か関する事なのだろうか?

それとも、まだ。彼女が隠している何かに関する事なのか?

それを知る術は今は無いのだろうけど、今確かに右腕に在るの温もりが酷く温かく感じ。

静かに、それでも強く抱き寄せた。

イノセンスの発動を解いた左手を僅かに握り締め、言い様の無い未だに胸の奥で燻る感情を押さえ込もうとした時空間が揺らいだ。



「――なッ」



激しく轟音を立て床や壁、天井に幾つもの亀裂が走り段々と部屋が崩れ出す。

僅かに離れた場所に居たリナリーが突然崩れ出した事に驚き周囲を見渡していたが、ミランダが急に苦しげな息を漏らした。


「ミランダ?」


そう、リナリーが彼女の近くに寄り肩に手を添えた途端。

彼女達が居た場所の床が抜け落ち、二人を巻き込み崩れた。


「リナリー、ミランダッ!」


二人の身を案じアレンがを片腕で支えたまま、空いた左手を二人に向け伸ばしたが彼の足元も崩れ落ちる。

そしてそのまま崩落に巻き込まれ落下していく感覚に飲み込まれ、唯一身近に居るだけでもと両腕で抱き抱え闇に包まれ出した光景に眼を見張る。

視界に映ったのは幾つも浮かぶ巨大な玩具箱のような物、そして其れを取り巻く闇。



一体何なのか、と思案する前に視界が転換し映ったのはミランダの住むアパートの壁だった。

先ほどまで聞こえていた崩落の音など皆無、深夜の静けさだけが自分と近くに飛ぶティムキャンピーと、腕の中に居るを包む。

恐る恐る衝撃などで怪我が悪化してないかの様子を窺うが、相変わらず固く瞳を閉じたままで何の反応も返さない。

密着しているせいか温かさは感じられるから、少しの安堵感を覚え軽く息を吐いた。





「アレン君!ミランダの様子がおかしいッ」





突然、静かな空気を破るように聞こえたリナリーの声が焦りを含んでいた。

アレンはを抱え直し彼女達の元へ向かうと、其処には酷く顔色を悪くしたミランダが両腕で自らの身体を抱え蹲っている。

恐らくエクソシストでない彼女が慣れないイノセンスの発動を長くしすぎた為か。

近くの壁にを静かに凭れ掛けさせて、ミランダの近くに寄るとアレンは柔らかい口調で紡いだ。


「発動を停めて、これ以上はあなたの体力が限界だ」


「…ダメよ……、停めようとしたら…ッ」


しかしミランダはイノセンスの発動を停め様とせず、苦し気に呼吸をしつつも言葉を紡ぐ。

そして彼女のイノセンスが在る場所の周りに漂っていた歪んだ時計が、アレンやリナリーの元へ段々と近付いた。


「吸い出した時間ももとに戻るみたいなの…、またあのキズを負ってしまうわ…」







「いやよぉ…初めてありがとうって言ってもらえたのに…これじゃ意味ないじゃない……ッ」








ミランダの脳裏に浮かぶのはアクマ達に攻撃を受けたアレン達の姿。

あの姿は今まで戦場という物を知らなかった自分には酷く鮮明に残り、同時に胸を痛ませた。

だからこそ折角治ったというのにまたあのような怪我を負ってしまうのは、初めて自分を認めてくれた二人に対して。

そして、イノセンスの時間を吸い出す効果を受けなかったのにずっと戦ってたに対して謝っても謝りきれない気がして。

止まる事を知らない涙をそのままに俯けば、アレンが静かに彼女の両肩を掴んだ。



「停めましょミランダさん。あなたがいたから今僕らはここにいられる」







「それだけで十分ですよ」







きっと、彼女もそう言う筈ですから




そういったアレンの視線は壁に寄りかかせられたへと向けられていて、

ミランダは静かに上げていた視線を下げて、ゆっくりと頷き返した。




















静寂だけが漂う室内に、アレンとリナリーは気を失い倒れている

しかしその中でたった一人、は薄らと瞼を開き空虚な色を宿した瞳を窓から見える景色へと滑らせた

はノイズが混じるような視界の中に見えた、夜の闇と雪雲の灰色が混じる空に視線を向け続ける

音も無く、ただ静かに舞い出した雪が夜という世界を染め上げて淡く照らす





何故か 心の中に虚無しか無い






生きてることは嬉しい筈なのに、

アレンとリナリーが生きてて、新しくエクソシストとなるだろうミランダが無事なのも嬉しい筈なのに



どうしてこうも虚脱感とも捉えられる、虚無だけが心に在る?



心の奥まであの降り出してきた白に染める事が出来たらどれだけ今の自分は楽になるだろう

何かが自分の存在を埋めてくれるならどれだけ救われるのだろう






でももう遅いのかな  自分は白に染まれない 悲しい、の















静かに閉じた瞳から零れ落ちた涙が




寂しく頬を濡らして、その冷たさも感じないまま


















                                                 2006.11/10














巻き戻しの街編、終了です…!な、なんか達成感が…(笑

今回の話の終わり辺りからは、ナイトメアの『まほら』をテーマにちょっとシリアスと悲、切なさ混ぜていこうかなと。
いやぁ、雪が降ってる街ですし展開が展開だけに…!
何だかこっから一気に原作はシリアス増しますよね、それだけ佳境に入っていくということなんでしょうかね。
次回話からはちょっと友人のさんとさんを混ぜて、コムイさん、ラビ、ブックマンも登場してごちゃごちゃに。
ちょっとこの街の話は重要な部分にしたいと思いますので長くなってしまうかもしれません;
ですがお付き合い頂ければ嬉しいかなぁと…!
それでは!