一つの言葉は安息の音を運ぶ、
27. 何時かこの気持ちが陰るとしても
彼女が何故そんな事を言うのかわからなかった。
自分はただ彼女の身を案じて此の場まで来たというのに、彼女はそれを知ってなのか。
それとも知らないけど、今は安易に触れて欲しくないという本能的な拒絶の言葉なのだろうか。
の言葉を聞いたアレンは密かに眉を顰め進めていた歩を止めてしまい、その場に立ち尽くす。
彼らの間は実際に聞こえる筈の無い雪の降る音まで聞こえてきそうな程静寂に包まれ、時間が止まったかのように互いに動かない。
暫く間が開いた後アレンは未だ困惑が混じる心境を落ち着かせようと軽く息を吐き、僅かに声に力を入れの方へ視線を向けた。
「どうしてって、君がこんな寒い中一人で居るから…」
「…別に、何とも無い」
「でもはそんな薄着で…、それに起きたばかりなんですよ?」
「……君もだろ」
を案じる意を込めた言葉を幾ら送っても、返って来るのは全て遠ざけようとする辛辣な言葉。
普段の彼女からは聞く事の無い言葉ばかりで少なからず怖気づいてしまうが、此の場で引き下がったらきっと彼女はこのまま居続ける。
そんな事はさせたくない、と。
こんな寒い世界の中でずっと居させたくないと。
そう思いたいのに、何故か心の奥から沸々と沸き起こってくるのは僅かな苛立ちと悲しさの入り混じる感情だった。
悲しさは、まだわかる。
ロードと接触した際に聞いてしまった言葉が全て本当なら、彼女は今まで普通の人なら在り得ない経験をしてきたことになる。
信頼していた師が自分の元から居なくなり、異世界…というのが良くわからなかったけど彼女は元の居場所に戻れないような意味にも取れる。
何よりも、誰とも相容れる事が出来なくて人と深く関係を結ぶことも出来ない。
そんな事があって良いと思えないし、あってはいけないことでもあった。
でも、何で苛立ちが沸き起こってくるのだろう?
恐らくが抱え続ける何かの事を、一切話してくれないこと。
そして今のように誰かと深く相容れる事を拒むような感覚を漂わせているのに、必要以上に他人を庇い自分の身を案じないこと。
個人個人が抱える何かを全て言って欲しいと言うわけじゃない。
それでも少しは、原因なんて語らなくても『辛い』と言ってくれれば少しは周りの人も何らかの手助けはしてくれるというのに。
は一人で抱え込み過ぎて、誰かに頼るということが人一倍出来なくて。
きっと、
「……そんなに周りの人が頼れない?」
思うままに紡いだ言葉は酷く、重い感情が混ざっていた。
アレンの言葉を聞いた瞬間は僅かに肩をピクリと跳ね上げらせたが、振り向かない。
でも振り向かない代わりに彼女は静かに俯いて、右手を軽く握り締めていた。
その様子には気がついていたけれど、一度出してしまった感情は抑えるのが難しくて。
「どうしては其処まで自分一人だけ犠牲になろうとするんですかッ…」
段々と高ぶる感情を抑える術を知らない僕は、唯自分の中で溜まっていた思いを吐き出すことしか出来なくて。
「―――ッ僕はそんなに頼り無いですか?!」
「……頼り無いわけない、」
ようやく返ってきた彼女の声は酷く小さくて、恐らく周囲に誰も居なかったからこそ聞こえたぐらいの声量。
それでも深く、心の奥にまで沈むような静けさを湛えた彼女の言葉は何故か微かに震えていた気がした。
思わず自分の感情を抑える事が出来ずに、声を張り上げてしまったことに今更後悔し静かに目線を下げる。
アレンは俯きながら右手を強く握り締めて、に届くかどうか定かじゃない位小さな声で紡ぐ。
「それじゃ…どうして……ッ」
アレンの声が強みを帯びて震えていたから、恐らく。いやきっと怒ってるんだと思った。
わかってる、彼が怒ってる原因は全て自分なのだと。
それなのに謝りたくても謝る勇気が湧かなくて、何故か後ろを向く事が出来ずに居た。
自分は誰かの優しさをそう安易に受け取っていい人物だと思う事が出来なかった。
何かを優しくしてくれた人に返せるわけでもないし、愛想が良いというわけでもない。
色々と考え込み過ぎて逆に相手に引けを取ってしまい、そして最終的には自分が勝手に進み出ることしか知らなくて。
だからこそこんな性格になってしまったのか、というのはわからない。
本当にそういうことが理由で相手に自分を見せられない、というのかさえ定かじゃない。
ぐるぐると、同じ様な考えばかりが脳裏に浮かんでは消えて。無限のループが続くかのような状況に陥る。
それが自分で、自分という"モノ"を形作る根本的な物と成っていた。
彼には謝りたい、それなのに前に進み出せない自分が酷く惨めで愚かで、嫌で。
知らない内に強く握り締めていた右手をゆっくりと開けば、握っていた手から何かが零れ落ちてしまったような感覚を覚えた。
それが一体何なのかわからない。
でも、開いた瞬間に心の何かが外れてしまったような虚無感を覚え。
頬に冷たい何かが流れた
静かに、その頬を撫でた一筋へ右手を当てれば指先には雪の降り続く空から僅かに零れる太陽の光を受けて瞬く物があった。
それはもう此の世界に来てから見なくなったのに等しい、悲しいときや苦しいとき。
辛いとき、嬉しいとき、そして言い表せない感情を本能が表したい時に流す涙。
どうして悲しくも無いのに涙が、 ?
どうして、これ程まで胸が締め付けられるような苦しい感覚に襲われるんだろう?
今まで感じたことのないほど、強い何かに襲われては瞼を閉じて俯いて、必死に堪えようとした。
しかしそうしようとする前にアレンに腕を引っ張られ、お互いに向かい合うような格好になってから強く抱き留められた。
は急に訪れた温もりと、彼の行動に一瞬戸惑い離れようとしたが彼の腕の力は思った以上に強くて。
其の腕が、微かに震えていたような気がして。
アレンの顔は自分の首元に埋められたままだから表情はわからない。
それでも、一向にこの格好になってから何も語らなくなったから何かを堪えているのだろうかと。
自分と、同じ様に何かを
「……誰かが、本当の自分を全て出すなと言いました…?」
急に聞こえた彼の声はとても静かな物で、直接伝わる感覚からは全く異なるもの。
だからか余計に違和感を感じなくはいられなかったけど、口を出してはいけないと思った。
其処を言ってしまったら、折角隠している意味が無いと。
「…言って、ない…」
「誰にも頼るなって言われました…?」
「…言われて、無い」
がそう紡げば、アレンは静かに彼女を抱き締める腕に力を込めて優しく包み込むようにして。
暫くの間、互いに静寂を保ったが彼はゆっくりと口を開いた。
「―…僕が、傍に居ますから。何もかも抱え込まないって約束してください」
その言葉が、心の何かを和らげてくれた。
知らない内に何故か自分も静かに、本当に恐る恐るだったけど彼の肩に自分の額を預けて。
零れ落ちそうになる何かを必死に堪えながら紡いだ言葉だったから届いたかどうかわからなかった。
それでも、彼は何も言い返して来なかったからきっと届いてたのだろう。
「―――…御免…、ありがと……」
嗚呼、お礼なんて最後に言ったの何時だったっけ
「………冗談、だよね」
リナリーが未だ目を覚まさない為に寝かされていた病室内は、病院という場所のせいでもなく。
その場に居る者達の漂わせる雰囲気のせいか妙な静寂に満ちていた。
コムイとブックマンの向かい側に座るとは一度視線を合わせ、静かに頷き合ってから再び視線を戻す。
「冗談で言えたらどれ程良いコトだろね…」
「私達、既に大分前から勘付いては居たの。恐らく隊長はそれよりももっと前に」
至って冷静な表情を崩さないまま、自分達の生命に関わることなのに悲しむこともせずに語る彼女達。
まるで既にもう諦めている、という感覚さえも漂わせているようでコムイは自然と何かが胸中に生まれ重く沈む感覚を覚え、密かに眉を顰めた。
そんなコムイの隣に座っていたブックマンは表情を崩す事無く、静かにとを眺めていたが何かに気がつき口を開く。
「其れは何らかの前触れがあって知った事か?」
感情の込められていない視線を向け、そして同じように感情が含まれない声色で紡がれたその言葉に驚くと。
だが直ぐに表情を戻し、軽く息を吐いてからは一旦締め切っている窓の向こう側に視線を向けるように首を傾けてから再びブックマンを見据えた。
「それは隊長が一番話せるはず」
「…どういう意味だい?」
の言葉に何か引っかかったのか、コムイは僅かに声のトーンを落とし彼女の方を向いて問いかける。
それに答えたのはで、彼女の表情は今まで一切変わらなかったはずなのに急に暗い影を落とし、静かに瞼を閉じて俯きながら言った。
「隊長、前から身体に異変起こってるのに誰にも言わないで黙ってる…私達も最近知ったんだけど言い出せなかった…ッ」
2006.11/18
ハズッ、めっちゃ恥ずかしいアレンとの会話の所…!(ひぃい;
何でこんなにもちょっとラブい、というか良い雰囲気にしちゃったのか自分でも謎です。
でもまぁ、連載中でこんなこと一回も無しだったら本当悲しくなりますよね。
と思い良いかなーと(どっちだ
恋愛要素薄いとかぬかしてましたが、このままで行きますとアレンと良い雰囲気になっちゃう可能性大。
元々は誰か寄り限定してませんでしたから、逆ハというかオールキャラ的な感じにしようかなとは思ってました。
連載が更に続くなら、誰に寄っていくかも定かではありませんが^^;
兎に角もそこらは皆様から頂いたアンケ結果と、私の独断と偏見(待て)を織り交ぜてゆっくりやっていこうかなと…!
友人や師匠に関する欄では様々な意見があって、面白いなと感じております(笑
しかし必ずやアンケの結果に添えるかどうかは定かではありませんのでそこの所はご了承を頂ければ幸い…!
やっとラビの出番がきそうです、アレンとさんの会話の時も玄関口辺りに居ました(Σ/かわいそうなことしてもうた…