感情を隠して生きるのは死んでしまっているのと、同じようなもので
























28. 在る筈の無いエデンの果てに望んだ幸福論




























あの後、何とか二人お互いに気分も落ち着き結構時間が経ってしまった為戻ろうかと病院の入り口へと歩を進めた時。

視界の先には一人の青年が佇んでおり、何処か虚ろな色を宿す視線を雪の降る空へ彷徨わせたまま壁に寄り掛かり佇んでいて。

アレンとが其の人物に気がつくと同時に彼も気がついたのか、何の表情も浮かべてなかった顔に薄く笑みを浮かべ姿勢を直す。

彼の笑みを見た瞬間、は心の奥に何か蟠りのような物が生まれた事を感じ微かに眉を顰めた。

青年の笑みは何処か隣に居るアレンのように純粋な笑みなわけでもなく、リナリーやコムイ、そして親友の二人のような素直な笑みじゃない。




貼り付けた、という例えが似合うような




そんな笑みだった。

未だに心の奥に燻る無意味に重さを感じさせる感情を残したまま、彼に薄く笑みを返した。

出来る限り、自分らしさを出せるようにと。

それでも矢張り自分にはまだ"笑み"というのは難しいらしい。

の笑みに違和感を感じたのかふ、と一瞬だけ表情を消した青年だったが彼は直ぐに表情を戻し体を此方側に向けると同時に口を開いた。



「話終わった?」

「一応、ひと段落はつきました…」

「そ、だったらアレンは先戻っててくれねぇ?ちょっとに聞きたい事あるんさ」



青年はの方へ僅かに視線を向けたかと思えば直ぐに逸らし、アレンへ向かって問いかける。

声をかけられたアレンは彼に応えるように軽く頷き返し、に黒い上着用のコートを手渡し彼は病院の中へと戻って行った。

其の瞬間、二人が残った場所には少しの間静寂が漂う。

深々と降り続く雪の白さばかりが視界に入る中で、其の二人の影は消える事無く個として存在していて。

しかしお互い視線を僅かに合わせたまま口を開かない為に静寂しか漂わない。

は少し居た堪れない気分になり、僅かに視線を逸らそうとした時声が聞こえた。








「……半年前の事、覚えてっか?」








目の前に居た青年が紡いだ声なのだろうけれど、其の声は酷く静寂に包まれた此の場の中に消え入りそうな程細く。

思わず僅かに眉を顰め彼の方を向いたが、目の前に佇む青年は一切表情を変えていない。

口を開いた瞬間を見ていたわけではないから表情を僅かにでも変えていたかどうか、わからなかった。

それでも彼の声が思った以上に小さくて、静かに音も無く降っているはずの雪にさえ埋もれてしまいそうな程。

少しの間、瞳を伏せて思考を此の場から変えて、昔の情景を思い起こそうと思案に耽る。

先ほど一瞬であったが此の青年を見た時に少し懐かしさを覚えた気持ちが沸き起こったのだが、未だに微かに程残っていた。

まだ、胸の奥で僅かに燻り続ける言い語れない感覚を抱えたまま思考は昔の記憶を辿る。



半年前、と言えば此の世界に来てから丁度一年以上経った頃

其の頃は急に消えた師匠の事を探すので精一杯だったことしか余り脳裏に残ってない



僅かに視線を上げて再び青年を見据えれば、彼はの返事を待っているのか視線を此方へ向けたままの格好で佇んでいる。

彼の瞳は何処か、他人を映しているようで映してない。

自分も人の事は言えないのだろうけれどそんな感覚を覚える、酷く淋しい感覚の在る光を宿す瞳だった。

は一度瞳を閉じると、軽く息を吐き視界を開こうとした時。





瞼の裏に映ったのは、燃え盛るような炎に巻かれた街中の出来事






「……もしかして"あの街"で会った人?」




半信半疑、のままでゆっくりと瞳を開き恐る恐る言葉を紡ぐ。

此の世界に来てから殆ど、他人に興味を示さなくなり深く関わろうとも思わなかったから一回だけ会った人は忘れがちだった。

しかし何故か特殊な黒の教団のエクソシストが纏う漆黒の団服を纏っていたせいか、それとも別の理由か。

それは定かではなかったが彼の事は朧気に覚えていた。


青年に向かいそう問いかければ今まで表情を一切変える事無かった彼は、酷く驚いたように眼帯で覆われてない左眼を思い切り見開いた。

もしかして何か不味い事でも言ってしまったのだろうか、とは一瞬焦り「あ…御、免」と思わず謝罪の言葉を紡いでしまう。

少しの間その場は静寂に包まれたが、突然青年が微かに表情を崩すと同時に笑い声を押し殺した。

急に笑い出した事に驚きは微かに瞳を見開き、僅かに首を傾げるが青年が笑みを湛えたままでの頭へ右手を乗せ軽く撫でる。

彼の心境、がわからないままだったので少し眉を顰め彼を見据えれば青年は静かに口を開いた。



「何でが謝るんだ」



ようやく紡がれた彼の声は酷く柔らかく、先ほどまで湛えていた雰囲気は一切無い。

普通の、ごく普通に居るような一人の人としての声色だった。

彼の声に自然と何時の間にか心の中に生まれていた緊張感が解けて行くようで、は小さく息を零し苦笑を漏らす。

そして青年は彼女の手を取ると病院の方へ体を翻し歩を進めた。

も戻ろうと考えていた為に彼のする事に反発する気は無かったが、繋がれた手が異常に恥ずかしく思え。

思わず、他の事に気を向けようとした時彼の名前を一度も聞いた事が無かった事に今更気がつく。

静かに歩みながら、彼の背を一度眺めてから視線を逸らしてはゆっくりと口を開いた。



「そういえば、名前は…?」


「ん?ラビで良いさ」










彼女が覚えていてくれただけで、それだけで嬉しかったから自然と頬が緩んでしまう





























「――…………、」



唯一人、アレンは外に居る二人が戻るまで玄関に近い病院内で佇んでいた。


此処から二人の様子を見る事は出来ないけれど、不思議と彼女と二人きりで居られることの軽い嫉妬感などは不思議と湧かない。

落ち着いた、からなのだろうか。

恐らくノアの一族との接触した後にこのような状況へ直ぐ陥っていたなら、きっと押さえきることは出来なかった。

静かに右手を視線の先に入るように持ち上げて、薄く瞳を閉じて目元を手の平で覆う。

まだ、押さえられない何かは心の内に巣食っているけど今出す事は許されない。

きっとこれは自分で解決するしかない、自分だけ思っていることなのだろうから。


ゆっくりと瞳を開き右手を下ろし軽く息を吐いた時、玄関の先から冷たい外気が流れるのを肌で感じた。

其方の方へ視線を向ければラビとが自身の身に降り積もってしまった雪を払い落としながら、アレンに気がつき二人各々の挨拶をする。

アレンも二人に応えるように小さく笑みを浮かべ、二人の元に歩み寄った。


「これからリナリーのお見舞いに行こうとしてたんですが…二人も来ます?」

「リナリーんトコ?確か今じじいとか何か話してる筈だぞ、皆で」

「…達も居るだろうし、俺は行くけど」

「マジか、んじゃ俺も行っとくさ」



三人は短い会話をしながらリナリーが未だ寝かされてる病室前に来ると、はたと其の歩を止める。

別に探索部隊の者が警備についているからじゃない。

部屋の、扉を通して感じる空気が妙に静かな物だったからだ。

三人はお互いに視線を交わし、一体何だろうかと疑問を覚えるがが先立ち扉の取っ手を掴み扉を開けた。



そうすれば室内に居た皆、正確に言えばコムイ、ブックマン、そしての四人は驚いたように達の方に振り向く。

室内の雰囲気は良い物とお世辞には言えず、何処か静けさと暗さを織り交ぜた。

何と言い表せば良いのか、わからない。唯居心地の悪い雰囲気が彼らの間を取り巻くように漂っている。

暫くそのままで皆は止まってしまっていたが、突然ブックマンが小さく咳払いをするとの方へ振り向き静かに口を開いた。



嬢、すまんが此処に残ってはくれぬか。おぬしらは外にでも出ておけ」



の方へ些か柔らかさを湛えた声色で紡いだが、アレンとラビの二人だけに対しては酷く冷たくあしらう。

二人から返って来た反応は矢張り不服なのか、何故と言いたげな表情を浮かべてラビが一歩踏み出しブックマンに視線を向ける。



「何で俺らだけ除外なんよ?」

「そうです、理由を知らないのに急に出て行けと言われたって僕も…」

「おぬしらには関係の無い事だ」













「俺の事だろ」













「……え、?」


それは一体誰の疑問の声だったのだろう。

しかし其れはわからないまま、静寂がその場を埋める前にが静かに息を吐き薄く瞳を細めての方を向く。

彼女と目が合ったせいなのか二人は微かに肩をびくりと揺らし、逃げるように二人共視線を逸らす。



あのように余所余所しい態度を取るのは、必ず何かがあった時の行動



は少し怒りも篭るような視線を投げ掛けたままだったが、不意にまだ拒否の一点張りをするブックマンへと視線を向けて口を開いた。






「ブックマン、これから俺と共に戦う二人にも知る権利はあります。それに…約束したんだ、何もかも抱え込まないって」






そう言った彼女の言葉に弾かれたようにはっとアレンがへ視線を向ければ、彼女は薄く笑みを浮かべていた。

まるで其の笑みはこれで良いんだろ、と問いかけるような意の笑みで。

アレンは静かに心の奥から何か言い語れない、彼女が自分の言った通り何もかも抱え込むのを止めた嬉しさと。



知らない、方が良いと思う自分も何故か心の奥に巣食い始めていた



一体自分の中に急に生まれたこの感覚は何を訴えたいのだろう。

もしかして、彼女のこれから言うであろう彼女の隠し続けていた事だろうか。

それとも、もっと別な何かなのだろうか。


は入り口に一番近い位置に居たラビに部屋の扉を閉めるように言い、その指示に従い扉を閉めた後アレンと共にラビは皆の近くに寄る。

そして皆が各自話しに入れるような体勢になった後、は静かにの方へ視線を向けた。



「……何処まで話した」

「…隊長、全部言う気なん…?」

「此処まで来ておいて隠すことなんかあるか?」

「…異変、起こってること。恐らく隊長にも起こってるんじゃないかって思って」


「――…そっか」


は静かに瞼を閉じて軽く息を吐くと同時に、徐に立ち上がり自分の着ていたコートを脱ぎ。

そしてそのまま白いシャツのボタンに手をかけた。

行き成り服を脱ぎ始めた彼女に皆は驚き、声をかけようとしたが彼女は止めようとしない。

寧ろ何処か重い影のような色を落とした表情のまま、シャツを脱ぎ取りそのまま静かに床に落とせば服の擦れた音だけが室内に響いた。

皆は彼女の姿に息を呑み、誰もが口を開くことが出来なかった。








胸の部分は包帯をキツク巻いていた為に状態はわからなかったが、肩や腕、脇腹、あらゆる場所が赤黒い深い傷痕が痛々しい程有り

まだ完全に完治してないような大きな傷も数え切れない程で、思わず視線を背けたくなってしまう程




とても、ではないが生きている人の身体とは思えなかった




脇腹なんて、肉を抉り取られたように歪な形状のまま血だけが止まり大きな赤黒い窪みのようになって

右腕のイノセンスが宿る右手首から肘にかけては木のささくれた表皮のように黒く染まった幾本もの筋が腕を這い、奇怪な物に寄生されたような姿



普通ではありえない、ありえる筈が無い彼女の姿に皆はただ信じられないとでも言いたげに顔色を蒼白に染めていた。

は少しの間床に視線を落としたままだったが、不意に瞳を閉じると小さく口を開き言葉を紡ぐ。













「自分の身体に起こってる異変に気がついたのは一年以上も前、怪我をしても最初は感じてた筈の"痛み"は次第と感じなくなって。

感じないからこそ余計傷ついても構わないと思い、庇える存在があるなら庇い続けた。己の身を捨ててでも。


……イノセンスも、最初は唯の鎌だった筈なのにある時力が分散し羽ともう一つの"形"を成すようになった。

初めになったその事は覚えてないけど、最後に"あの姿"になった時の事は何故か酷く鮮明に覚えてる。



とんだ、化け物になったみたいなんだ俺は




そして余り長く生きられないのも薄々感付き始めてて……恐らく、数年以内には死ぬ」

















何故、それ程淡々と語れるんだろう























                                     2006.11/25










またもごっちゃになり始めました、わぁー…(汗

この設定は物語を進めていく内に考えました。
ハッピーに終わるかバッドで終わるか、どっちのエンディングに転ぶのかこれで定かではなくなりましたね(苦笑
まぁ今後まだまだ続くんでそのうちにまた変わる、かもしれませんが。
基本的幸せ要素薄い連載ですのでご了承を!
何よりも、心情重視シリアス強めの原作沿いなんで…、ここから幸に持っていくのも無理がありそう


というか私が幸せ的なの書くのが苦手なだけなのですが(待て