窓に打ち付ける雨が、酷く己の姿を模るようで
31. Innocent Heart
薄暗い雨模様の中、皆を乗せた馬車は冷たい空気の流れる中を駆ける。
僅かにカーテンを閉めた室内に居る彼らの間には何とも言いがたい重苦しい雰囲気が漂っており、誰もそう簡単に言葉を切り出す事が出来ない程。
はアレンと共に正座をさせられ痛みのせいで悶えているラビの隣に座り、窓枠に頬杖を着き薄く瞳を伏せながら外を眺めていた。
彼女達の前の席にはブックマンとコムイ、とが座っているがは其方の方にも。
ましてやアレン達の方へも視線を一切向けず馬車に乗り込んだ時から口を固く結んだままだった。
ノアの一族であるロード接触の際に、精神的な攻撃を受け暫くの間眼を覚まさなかったリナリーも今は回復し、普段通りに行動している。
しかし彼らの、アレンとそして達の間に漂う言い語れない重さが彼女は酷く気になっていた。
リナリーは一瞬だけちらりと隣のアレンへ視線を向け、そして一番端に座り窓の外を眺め続ける。最後に達へと視線を向けたが誰も自分の視線に気がつかない。
自分、一人だけが知らない
どうして皆はそんなにも悲しい雰囲気を湛えてるの?、と気軽に問いかけられたならどれ程良い事だろう。
誰も口にしない事から安易に口に出してはいけない事なのだとわかる、わかるけ、ど。
静かに、瞳を薄く閉じて彷徨いそうになる視線を窓の外へと向けようとした瞬間その場にコムイの声が静寂を打ち消すように響いた。
「先日、元帥のひとりが殺されました」
それは余りにも唐突過ぎる事実。
誰もが信じられず、驚きに眼を見開き息を呑む音が聞こえた。
も一度視線を滑らせるようにコムイの方へと向けたが、直に視線を窓の外へと向け直し意識だけは彼の話に向ける。
コムイも彼女の変化に気がついているのだろう。
しかし彼は黒の教団、科学班室長という座に居る実力者であり話や場の理解が出来ない頭ではない。寧ろ、ずば抜けて良い方なのだ。
微かに眉を顰めたが其の陰る表情を消し、コムイはから視線を外し皆の方へ向き直った。
「殺されたのはケビン・イエーガー元帥、五人の元帥の中で最も高齢ながら常に第一線で戦っておられた人だった」
「あのイエーガー元帥が…?」
「ベルギーで発見された彼は教会の十字架に裏向きに吊るされ、背中に"神狩り"と彫られていた」
「神狩り…?」
神狩り、という単語が出てきた瞬間や、そしての三人の表情が一瞬変わる。
その表情は一体どういう意味なのだろうかと思案したり怪訝に思った表情ではなかった。
知っている、言葉が出たという例えが一番妥当な
そんな表情が彼女達にあり、三人は他の人に悟られない様静かに視線を合わせ互いに同じ事を考えていた様だ。
視線が合うと軽く意思を交わすように頷き合い、再び各々向けていた視線の場所に戻す。
彼女達がそうしている間既に会話は進んでいたようで、コムイがイエーガー元帥という人物の状態について話している時になっていた。
は、皆に悟られぬ様軽く溜息を吐き外を眺め続ける双眸を薄く伏せる。
脳裏に浮かぶのはとうの昔にも感じられる、師匠から聞いたたった一言。
それは今自分達の話題となっていて、殺された元帥の背に掘られた一種の断罪。
エクソシストはアクマを破壊する為にイノセンスという武器を使用し、彼らを神の命だと言い張り破壊する。
それと同じようにアクマ達、いや伯爵達も"アクマ"という武器を使用し、エクソシストや人間の殺戮を繰り返す。
どちらも、変わらない。
結局は同じなのだ。
そうしなければ世界の理が保てないように、当たり前のことのように意思を持つ者全てそれが"罪"だと断言し、頑なにその考えを崩さない。
しかし神々から見れば一体それは何なのだろうか。
本当に、神の使途が罪持つ者達を救っているように見えるのか。
それとも、ただ神々が自らの手を汚すのを避け愚かな人間たちを互いに滅させる為に幕を開けさせた殺戮舞踏会か
酷く、気分が悪くなる世界だと思っていた。
それでいて悲しい世界なのだと。
自分達が元居た世界も決して幸せなことばかりではなかった。
殺人、自殺、他殺や紛争。他国や隣国との争い。
何もかもが決して失せない世界だった、ニュースは余り見ない方だったが新聞や様々な本に取り上げられる物は全て良いことが少ない。
ただ自分にとって良いことだ、と思えないせいもあったかもしれないがそれを除いても、酷く重い世界だと。
吐いても吐き切れない物が世界にはあった。
誰に吐いても、仕方がない物が。
薄っすらと閉じかけていた瞳を開き、視線を滑らせるように未だ話しているコムイ達の方へ向ければブックマンと視線が交わる。
彼は一瞬へ怪訝そうな色を瞳に湛え向けていたが、静かに視線を逸らした。
恐らく彼は、気がついている。
自分達が既に先ほど話していた『神狩り』について知っている事を。
や、が其の話にあえて一言も口を挟まなかったことも理由にあげられる。
それに、師匠が居る。彼はコムイから聞いた話では他のエクソシストが知らないような事ばかり話していたそうだ。
それ故に彼を深く信じる者は少なく、彼も他人と深く関わろうとしなかったらしい。
教団があえて彼の話すことに深く問い詰めなかったのは、そうすることで彼との関係を崩しかねないと思ったからだそうで。
彼は稀に見る程の実力者だったらしい、噂によれば周囲を大量のアクマに囲まれたとしても五秒経たない内に全て破壊したという。
全て確信を持ったようにいえないのは、自分の眼で見たわけではないから。
一年以上世話になったといっても、彼の戦いの場面を見せて貰った事は一時も無い。
どうしてなのだろう、と今更疑問に思いは密かに眉を顰め耳を彼らの会話に傾ければ重々しいアレンの問い掛けが室内に響いた。
「"大事なハート"って…?」
あの歌、の一節。
は思考内で一度聞いた事があったあの歌の、思い出したくもない旋律と歌詞を自然と思い出しつつ彼らの会話を聞き続ける。
「我々が探し求めてる109個のイノセンスの中にひとつ、『心臓』とも呼ぶべき核のイノセンスがあるんだよ」
それはすべてのイノセンスの根源であり すべてのイノセンスを無に帰す存在
「伯爵が狙ってるのはそれだ」
コムイは確信を持ち、そう言い切る。
彼の瞳には曇りが無い為に本当にそう思っているのだろう、と窺えた。
一度、自分の中で僅かに燻り出す焦燥感と不安を抑えるように軽く息を吐いてから、コムイの話を聞こうと視線を僅かに向ける。
何故此処で急に心の奥底にこのような感覚が生まれたのかはわからない。
ただ、怖いだけなのかもしれない。
薄々と感じてきていた、右手に在るイノセンスの"期限"に。
長くは、無い
「最初の犠牲者となったのは元帥だった、もしかしたら伯爵はイノセンス適合者の中で特に力の在る者に『ハート』の可能性をみたのかもしれない」
「アクマに次ぎノアの一族が出現したのも恐らくそのための戦力増強」
「エクソシスト元帥が彼らの標的となった、メッセージはそういう意味だろう」
彼の話を聞き、ラビがその意見に同意しつつも「あ、」と一言零し不意にの方へ視線を向ける。
彼女は急に視線を向けられた事に驚いたようだが、怪訝そうに密かに眉を顰めれば彼女の方へ向けていた視線を戻し口を開いた。
「のイノセンスはどうなんさ」
「……は、?」
一同、一体どういう意味なのかと問いかけたかっただろう。
面白い位にそう言い出したラビ以外の者の動きが、止まった。
報告とかによれば確かにのイノセンスは不可思議な事ばかり多く起こっていた。
だからこそ彼は彼女のイノセンスについて何らかあるかもしれない、と思ったのだろう。
は一度自分の右手を漆黒のコートの袖から静かに出し、鎖は既に無い幾らか露わになっているイノセンスを眺め、深く双眸を閉じ首を左右に振る。
「俺のイノセンスがハートの可能性はゼロに等しいだろうね」
「何でそう言い切れるんだい?」
「 ………理由は定かじゃない、それに先日言った通り俺の時間は刻々と無くなってる。こんな、
こんな醜いモノがそんな大切な物であって良い訳が無い 」
静かに、項垂れるように閉じた視界には何も映らない
ただ確実に押し寄せて来ている静寂という名の闇に、囚われないように逃げる道さえも探せないままに
ゆっくりと組み額に当てた両手が、酷く冷たく
どれくらい、闇から逃げるように走れば終わりが見えるんだろう
2006.12/31
年末最後の更新もめっさ暗かったですね!あわわ
ようやっと此処まで来れましたー、この連載が三十話超えできたのも皆様の応援のお陰です!
本当拍手とかアンケートに応援のメッセージ沢山頂けて凄く嬉しかったです…!
これからも更新は遅いかもしれませんが、頑張っていきますのでどうかお付き合いの程よろしくお願いします*
次回話はあのリナリーとの喧嘩の話ですね、あの場面もちょっとさんとの会話メインで書こうかなと。
その為にこの話の最初にリナリーの心境(?)書いてみたものでして…
う、上手く書けるかな(苦笑
そしてその後はクロウリー話ですが、あの話は好きな所なのでまた時間かかるかもです。
クロウリーもエリアーデもちゃっかり好きですよ!