ねぇ。もし、さ



















33. 生まれ去る星の如く其れは薄く、





























外の冷気によって冷やされた汽車の窓に張り付く空気が、硝子を白く染め上げ席から見える外の光景を濁らせる。

今自分達の間に漂う空気も穏やかな物ではなくて、酷く心苦しく重々しい。

次の駅に向かうまで停車している車内は他客の賑やかさによって活気と温厚に満ちているはずが、彼らの空気はどこか晴れぬまま。

は其の中で、暫く窓の外を眺めたままだったが何の前触れもなく、静かに席を立った。

その際その場に居た皆にどうしたのだろうか、という意も込められていた視線を投げ掛けられたが彼女は双眸を伏せ小さく口を開く。



「…外、行ってくる」と、たった一言。



久しぶりに聞いた彼女の声は、酷く憔悴した感覚と薄く暗さの籠もる声色。

聴覚と意識を彼女に向けて居なければ聞き取れないほどの、微かな声音。

皆はの状態の変化に気がついていないわけではない。

しかしそれを言ったところで、まだ何も知らないと言っても過言ではない、自分達の彼女との関係を思うと口を開けない。

彼女が抱えているモノの重さを誰もが知らない、知らないからこそ謙遜してしまい、避けてしまう。

の、考えや心境の変化に安易に触れられないで居た。


誰も彼女の零した言葉に相槌を打たず、彼女もまた反応を初めから求めていなかったのか。

視線を下げたまま誰かに目を向けることもせず足早にその場を後にした。
































リナリーは皆の食事を買う為に一人、駅のホームに降りていた。

凍てつくような、肌寒さから来る悪寒に耐えるように微かに肩を竦め店の男性に勘定を払ったあと不意に空を仰ぐ。

今にも雪が降り出しそうな雰囲気の中に広がる灰色は、未だ明るい時刻だから微かに明るく見える筈なのに何故かひどく、暗い。

やはりそれは自分の心境に深く関わっているのかもしれないと、小さく嘆息し薄く双眸を細め視線を戻し。

男性から品物が入った袋を両手で受け取り、皆の所へ戻ろうと身体を翻すために利き脚を後方へ下げたとき、









「リナリー、」









駅のホームで、人気が全く無いという場所でもないのに其の声だけがその場の時を。

リナリーの思考を、一時止めた。

其の声は彼女にとって今一番聴きたかったようで、聞きたくなかったある女性の声。

高くはなく、決して低すぎない心地良い程のアルト領域で奏でられる声は、彼女たちが立ち尽くすその場に酷く余韻を残す。

リナリーは振り返ろうにも振り返ることができずに、下げかけた脚もそのままに。

息を呑み必死に心境を落ち着かせようとする本能的な自分の心音だけが、聴こえていた。

その間にも自分の心の奥に生まれて来るのは、彼女に対して今まで抱いてきた感情や、疑問。悲しみの心の叫び。

きつく、今にも頑なに結んだ唇を開いてしまえば吐き出してしまいそうな、かなしい感情。

僅かに俯いて、先走りそうな感情の声を押し殺しながら静かに身体ごと振り返ればが一人、灰色の景色の中に佇んでいた。

初めて出会った時から崩そうとしない落ち着きすぎた、時に空虚な感情を灯したような表情を浮かべている、端整で中性的な風貌の、彼女が。

少しの間互いに言葉を発したりせずに、時折吹く風の音だけが其の場所を支配するように、淋しく鳴いた。








「……あの時の、事。知ったの…か?」








紡がれた其の言葉の意味は、微かに下げた視線を向けての表情を窺ったりするまでもなく胸中の中で弾けるように、思い出される。





まるでではなかった、の姿





確かに自分は彼女と知り合ったばかりで、同時に彼女の事を殆ど知らないと言って良いほどの関係。

それなのに、それなのに出会ったばかりの頃も、ノアと名乗る者と会った際も、そして今も。

恐らく汽車内で僅かに触れ合った私の心境を気遣って、そして私がこうも沈んでいる様子を知って恐らく、この場に居るんだろう。

自分も同じくらい、―――…ううん。

あなたのことはしらないから、どれぐらいの心配をかけているんだろうって、わからないから。




でも、




マテールの任務の際に、アレン君もあなたも酷い怪我を負ったと聴いた時の私の気持ち わからないでしょう  ?

あなたの親友のあの二人が、あなたのことを気遣ってること  わかるんでしょう ?



段々と、くすんで翳ってくる。沸々と沸き起こってくるような感情の波。

今まで溜め込んでいたに対する暗い、暗い深い淵に在るようなかなしい感情が、表にでてきてしまう。




「…全部、じゃないよ。だって、私あなたのこと…全て知らないもの」




そう、静かに紡いだ私の言葉を聞いた瞬間、は今まで浮かべていた静かに翳る表情から驚いたように、双眸を見開いた。

其の彼女の表情に何が籠もっているかさえわからない私は、ふと疑問のような気持ちが浮かぶけど、次の瞬間それは消え失せた。

は一度双眸を微かに下げて、首を左右に振ると視線を上げて病的にも淡く白い綺麗な薄紅色の唇を開き、音を紡ぐ。
















「ごめんな、」
















パァンッ、と。乾いた音が、静寂に包まれた白い世界に響いた。

頬にジンと走る微かな余韻を未だに残す痛みに、は普段崩そうとしない静かな表情を消し去って、酷く驚いた顔で叩かれた左頬に己の左手を添える。

彼女を叩いたリナリーも勢いで手を出してしまった事を悔いているのか、一瞬泣きそうな顔をして俯く。

は突然叩かれたにも関わらず何故か、怒るという感情も痛いという感覚も、辛いという思考も浮かばない。

どうして、という疑問だけが彼女の思考を支配する。

俯いたままのリナリーを一瞥し、微かに視線を逸らしてが彼女の名前を紡ごうと、静かに唇を開いたが身体に触れる衝撃に、かすれた音だけが漏れた。

顔を俯けたままのリナリーは両手で抱えていた袋をその場に置いて、に抱きついてきたからだった。

触れる温かみと両腕でしっかりと抱かれた自分の状況に一瞬思考判断が遅れるが、間近から聴こえる、必死に泣くことを押さえようとしているすすり泣く声が、聴こえたから。

思わず、宙に浮いたままの両手が彷徨う。



「どうしてっ…どうして謝るのよッ」


「……自分でも良くわからない、」


「私はの事考えると心配で不安でッ、悲しいの…ッもっと、私を…みんなを頼ってよ……ッ!」



まるで離れたくないとも乞うような小さな子供のように、自分のコートをしっかりと両手で掴むリナリーの力は余りにも強過ぎた。

独りで、歩んできて人の温かみというのを余りにも知らない自分には重すぎて、強過ぎる。

は一度彷徨って、行き場の無くした両手をゆっくりと、触れる程度に彼女の背に回し静かに双眸を閉じた。


こんなに自分を思ってくれる人が傍に居ても、心の中に生まれて来るのは"恐れ"


本当に自分のような者が、彼らの傍に居て良いのだろうかと

今を戦う彼らの輪の中に生や世界を望まない俺が居て、良いんだろうか と

そして、リナリーは恐らく知らない  俺が、もうすぐ死ぬかもしれないということも








「…独りで、居なくならないで……ッ」








小さく紡がれた彼女の言葉に返す言葉が見つからなくて、

また謝りそうになる自分を押し込めて、少し力を込めた両手で抱き返すしか

























                                     2007/3/22








何かこの話を書いてる時自分までしんみりしてしまいました
いや、感情移入して書けるのは良いことですよ、ね…?(すげぇ不安そう

というかこの話を書くだけで一ヶ月以上かかった…女の子、というよりリナリーの心境は中々難しいもんです
彼女については様々と思われる方が多いと思われますが、私はどっちかってとアンチ派ではないです!
まぁ、守られるだけより戦うリナリーの方が好きですが(笑


次はクロウリー編ですが、あくまでその話の主人公はクロちゃんとエリアーデと考えてるのでかなり削ります(お前
どう上手く削りながら話を続けるかが、力量の出し所ですかね…難しいぜ…!
ちなみにこの話の際、本当はアレンが居る筈ですがどこへ行った、まぁ汽車内から彼女達の様子を見てたということで(ストーカーだよそれ