白濁りの中で生まれた記憶に挨拶を、





























35.この、暗澹たる景色に注ぐ感情を






























肌を撫でる風は骨の髄まで冷え込む程、冷たかった気がする。

はっきりと言えないのは、此処に辿り着くまでの間、風を切る音に紛れ思考にノイズ混じりな―――景色が絶え間なく。

今が現なのか、それとも夢の狭間なのか判断もつかぬ程に流れていたせいだった。



は一度双眸を強く瞑り、そのまま残像と残響を振り払うように頭を振る。

風が鳴る度にまた映像が繰り返されるようで、頭の奥でひしひしと重くなり痛みと熱を発する蟠りが生まれそうで。

ひどく、煩わしいと思った。


















アレンが取り残されてしまったと思われる村に辿り着いた後、手分けして探す為ラビと一端別行動をした。

その、別れ際に彼がまた"あの時"のような表情を浮かべていたのに薄っすらと感付きながらも、あえて触れずに別れた。

話し合って打ち解け合って、分かる感情でもないからだ。

なら尚更不安要素の一因としかならない余計な、私情なんて挟む余裕なんてない。


一つ、瞬きをして心を落ち着かせる為に小さく息を吐く。

雪が降り積もっていることから、ここは少し寒冷な印象を受ける。

今は既に日もすっかり暮れてしまっている為に、村を覆う暗闇も深みを増して余計に視覚から闇が、覆おうと、侵食する。






「―――…」





ひしり、と。感じる。


虚しさのような、……、、?

何だろうか、心の奥底が空いてしまったかのように、このぽかりと空いた隙間を感じる感情は。

一度昔感じた筈だ、そうでなければ引っ掛かるような感覚さえ思い出せないのだから。

だが、今現に其の感情の名前を思い出せない。

しんしん、と降り積もりゆく雪の白さだけがやけに視界に映えて。

自分が踏み締めた雪のくぐもった音も残響さえ、残さない静寂の中。

確かに私は独りだった。

前に、こんな情景の中で、ひとり。

ひと、り  ?














「―――?」




朧気だった思考を突いたのは、弾かれたように光を取り戻した視界に映る白色と闇。

肌を撫でる冷え込んだ空気も思考を鮮明にしていき、振り向いた先にはアレンとラビ。

そして、大勢の街の人々がを不思議そうに見つめ、佇んでいる。

何故皆がそんなにも自分を見ているのかが分からずに少し首を傾けて、身体を翻すと風を切るように漆黒の外套が音を立てた。



「どうしたんですか? こんな街外れの方で」

「……何でもないよ」

「――…そう、ですか」



一息、置いて彼の口から出たのは何処か、腑に落ちないと言いたげな。

それでも自分が関してはならないことなのだろうと、心の内で考えた結果の言葉。

前もこんなことがあったな、と。

アレンはに逸らされた瞳の真意を問い詰めたくとも、場の雰囲気を乱してはならないと。

小さく、落胆した。

また僕は彼女のことを知られないで居る、と。

そんなアレンの心情を察してなのか、それとも無意識なのか判断し兼ねたが、ラビは「あー…そのな、」と平静に保っていた表情を崩した。



「一応アレン見つけたはイイんだけどよ、ちょーっとメンドイ事になっちまったんだなぁ…」

「面倒?何が、」



一旦言葉を区切り、は先ほどから嫌という程に感じる視線の先に目を向ける。

其処には少し、彼女に対して恐れなのかわからないが、確かに引き気味の雰囲気を湛えながらも。

その瞳に期待と、縋るような意の気持ちを察して彼らが行こうとしている道の行き先に気がつき、成る程な、と小さく呟いた。







アレンを探している内に村の人々から聞いた話だ。

この村の奥、森の中に存在する城から夜な夜な獲物である人間の悲鳴が聞こえる。

そして城へ一度入ったらば、もう二度と外へ出られることがない。らしい。

よく子供の頃に読んだり、恐怖の対象として語られた吸血鬼みたいだなと思いながらも何度も耳にした。

そんなこと現実にありえないよ、と言いたかったが語る村の人々の表情が余りにも真剣なものだったから言えずに居た。

聞いたばかりの時は、自身も半信半疑のままであったが、この世界ならばありえないことでもないか、と思う。

何せ、俺が元居た世界ではこの世界のことは全て"ありえない"のだから。

は歩む先に広がる深い森の木々を眺めながら、歩は止めずに進み続けていた。

アレンとラビが村人達から聞いた話を通信機を使いリナリーへ報告をしている為に、その後に続いて歩く村人とは言葉を交わしていない。

その為か、不信感が募るのか、刺さるような視線がとても居心地悪いと小さく眉を顰めたが。

突然と語りかけるのもかえって逆効果だと思い、そのまま歩んでいた。



、ちょっといいですか?」



アレンが呼ぶ声に振り返れば、彼が差し出している手には通信機の働きをしている漆黒のゴーレム。

何だろうかと考え始める前に間を入れぬように「リナリーが話したいことがあるって」と、小さく口元を綻ばせる。

はしばらく瞬きを繰り返していたが、静かに右手でそのゴーレムを誘導し数歩、皆と距離を保ち「――、もしもし?」。



『…? ごめんね、急に変わってもらっちゃって』

「いや、別に構わないよ。 忙しかった訳でもない」

『素直に"暇だった"って言ったっていいじゃない』

「……どう、言おうとも個人の勝手だろう?」



話とはただの語らいなのか、と少々調子が狂わされた気がして声色に不機嫌さを交えれば。

彼女はくすくす、とかわいらしい笑い声を含ませて『そうだよね』と返した。


、あのね。 さっきのこと、謝りたかったの』

「―――さっき?」

『うん。 私ばかり、不満ぶつけたこと…少し時間たってから、後悔して』

「………」

『ごめんなさい、私…強くなるから』

「無理に、強くなる必要なんてないさ」

『――え、?』


静寂が一瞬にして満ちる。

きっと、恐らく通信機の向こう側に居るリナリーは困惑、いや戸惑いの表情を浮かべている。

無理もない。

彼女がようやく覚悟して、紡いだある一つの決心の言葉を急に否定されたようなものだから。

は一つ、瞬きをして息をゆっくりと吐く。










「誰だって抱える物は違う。 大切なのは、その感情の居場所を何処に決めるかだ」













無理に――人に向けなくてもいいんじゃないか?という問い掛けに、リナリーの返事は無かった

















                                        2007/10/20





帰ってきましたD灰連載。
なんか物凄い長い間スランプでした…申し訳ありません……(ゴロン

ですが休載同様な時期の間にも、アンケートで応援のお言葉を沢山頂けてホントやる気も頂けましたし、
何より長期無更新を打ち破ることができました。有難う御座います…!
こんな暗くてシリアスやリアルを求めるしかできない連載ですが、大好きと仰ってくださるお方の為にも頑張ります(`・ω・´)
応援して頂けますと幸い…!

さて次は本格的にクロちゃん城!