― いたみは、わたしをみたしてくれますか ―




















38.Is your heart still painful...?






















突然ときれいに降り始めた雨を見て、忽然と消え去ったを思い出した。

なぜだろうか、わからない。
いつも静かな彼女の雰囲気と、しとしとと沁み渡る冷たさがどこか似ているからかもしれない。








銀灰色を揺らしたアレンは小さく震え、ゆっくりと空を仰いでいた顔をうつむかせる。

吸血鬼と謳われていた男、アター・クロウリーはただ、孤独な者であっただけで。

彼を取り巻く環境のほうこそが恐れるべきことだったのかもしれない。

尋常なほど想像していた彼の詳細よりも、わからなかった世界のほうが、もっと酷で。

ひとりだったクロウリーが唯一愛していたエリアーデという女性は、彼の支えであった彼女は、もういない。

その、切なさと過ぎ去ったぬくもりが雨に模られている。



そして、もうひとつ。



また何の前触れもなく僕の前からいなくなってしまった

心のどこかではだいじょうぶと自負したがる自分もいる、だけど頭の奥底で終わりを告げる警鐘を鳴らし続ける誰かがいた。

彼女との間にある距離は、手を伸ばしてもどれだけもがいたとしても決して辿り着かない。

交わることはない白と黒のように、あまりにも、個々が強すぎた。





自分が説得して、奮い立たせたはずのクロウリーが先に歩きだしたのをどこか、他人ごとのように見送っている自分がいることにアレンは気がつく。

そして、ぼうっと立ち尽くしている彼を、ひとりで物思いに耽っていたのを諌めるかのように、微かに揺らぐ視線で見据えていたラビは、静かに背を向けた。

何も語らないそのラビの背が、そのことを愁訴しているようで、気がついた瞬間言葉が喉元で詰まる。

俯きかけていた視線を上げて再び空を仰いでみたけれど、雨は止まないまま。

どうしてか、宙を掻いた指先が震えている気がした。

























「…………エリ、アー…デ」



いとしいひとの名は、紡ぐだけでもこれほどうつくしいのだと。

失ってからこそ初めて知ることに、アター・クロウリーはまた涙腺が緩まっていくのに、泣かないように唇を強く結んだ。

全身を濡らした雨は最後の名残とでもいうかの如く、しとしとと冷たさがまとわりついて離れようとしない。

瓦礫と化した孤城に嘗て咲いていた花々に別れを告げて、初めて自分を見てくれたエクソシストという名の聖職者を思い浮かべる。

彼らなら、吸血鬼と恐れられた自身を゛クロウリー゛として見てくれるのだろうか、という不安にも包まれる。

ひとのこころは変わりやすいものだから。


だけど、自分から信じなければきっと相手だって映さない。

眦から零れ落ちたのは雨なのだ、と決めつけて、これから見るだろう外の世界に思いを馳せて歩を進めなおしたときだ。



足元に注意が足らなかったせいか、鈍い音と同時に何かを蹴ってしまった感覚が思考に響く。

驚いてバランスを崩しかけたが何とか持ち直し、クロウリーは一瞬戸惑った。

響いてきた感覚は瓦礫とか無機物のように固い感覚ではなくて、なぜか柔らかさもあったから。

お爺様の形見である花を蹴ってしまったというなら、まずいことをしたと思い恐る恐る自分が歩いてきた方向へ振り返った。




「―――ッ、な、お  おお、女の子 …ッ!?」




なぜか、見知らぬ。

眠っているだけのように、でもどこか静かすぎる雰囲気を湛えた少女が荒んだ瓦礫に埋もれていたのだ。

クロウリーはパニックに陥りかけるが、一度深呼吸して、一歩近づいてみれば微かに見覚えのある容姿だと、記憶を巡らせる。

漆黒の洋服に包まれたその少女は、確か城の前でアレンやラビと共に居た気がする。

だが、城の中では一度も見なかったはず。

今までどこにいたのだろうという疑問と、あまりにも音がない世界が似合うかの如く精巧な人形のように。

瞼を伏せたままの少女が死んでしまっているのかもしれないと怖くなり、小さく、手で触れながらゆすってみた。





「も…もしもー し……」



微かに揺らしても、少女は眠ったまま。



「いっ、生きておりませんか……?」






もし、しんでいたらどうすれば










「―――クロウリー…? 用意は、」


終わったんですか、という白い少年の奏でた声は最後までしっかりと続かなかった。

古城の出口に向かおうとしていたアレンとラビは、未だ城内に居たクロウリーの姿を見つけ声をかけたのだ。

しかし、彼の足元に精巧な人形の如く固く双眸の瞼を伏せて眠る少女を視界に認めると、突然アレンは少女のもとへ駆け出し傍に膝をついて。

抱え上げると、彼女の名を小さくつぶやきながら強く、目を瞑り何かを堪えるように。




…っ、」




ひどく、いとおしそうに。それでいてなきだしそうなほど少年は凍えていた。

触れているはずなのにつかめない彼女の存在に。


それを、一歩離れた場所で傍観していたラビは誰にも悟られないよう、視線を逸らし、唇を結んだ。

同時に胸の奥底を突くような痛みなど己のものではないのだ、と。

純白い道化と異端の組み合わせを、記録することがいつしか灰と化す暁にはラビを終えたころであればいいと。






幼い誰かの願いが突き放されるいつかを、垣間見た気がする







                                       2008/12/10





近頃ヒロインさんに異常が多いですが、それは薄れる前触れなんですよね(ネタばれじゃないかオマッ