ぽつん、と立ち尽くしている四つの人影





そのうちの一人が面倒くさそうに眉を顰めて、溜息交じりの声を紡いだ





「ありえねー……」


















4. 夜宵の狭間に立ちし剣士





















アレン、そしてに限らずまでもが行く手を阻む物に困りどうしたものかと悩み続けていた。

見上げても頂上が見えない程高く聳えた断崖絶壁とも言える岩、一度辺りを一周してみたりもしたが上に登れそうな所など見つからず。


「……どうしよう」


ポツリと紡がれたアレンの言葉さえ虚しく闇夜の中に紛れ消える。

しかし其の隣に佇んでいたはずっと上を向いたまま、時折辺りを見渡したりした後に何やらの方を向き囁く。

声をかけられたは驚いた表情を一瞬浮かべたが、ああと相槌を返すと地の上に置いていた鞄を足元に引き寄せた。

も何やら察したのか同じ様に置いていた鞄を手に提げ、二人の方へ準備万端とも言いたげに視線で訴える。

アレンはそんな彼女等の行動に疑問を覚え、問いかけた。


「何をしてるんですか…?」

「んー、ちょいと簡単に登れる方法思いついたから」

「でも隊長、アレ使うと眠くなるから嫌なんだけど…」

「んじゃだけ素手で登るか?」

「や、それは流石に勘弁」


苦笑を交えて手を横に振り、は表情を元に戻すと一歩踏み出す。

そして両手を前に突き出すように掲げると同時に、辺りの空気が一瞬にして静かな物に変わり始めた。

突然周囲の雰囲気が変化した事にアレンは驚き、恐らく此の場の空気を作り変えたのはであろうと彼女に視線を向ける。

は静かに瞼を下ろし、一度軽く息を吐くと同時に言葉を紡いだ。




       ―――影よ、私の言霊に応えろ




パキン、と音が響く。

彼女の両手から僅かな黒い光が零れた瞬間、丁度手を翳している地面の影が渦を巻き始める。

そして段々と範囲は広まっていき、人間一人が簡単に入れそうな位の新たな影が生まれた。


「え、これは…?」


まるで空間が割れた、いや『創られた』と言ったほうがしっくりくるだろうか。

闇によって形作られた影が歪み、新しく創られた影の先は何処かに繋がっていそうな雰囲気を湛え。

不思議と、恐怖などは感じられない影が其処にあった。

アレンは驚きに目を見開かせながらの方へ視線を向ければ、彼女も荷物を抱え急にアレンの腕を引いた。

油断していた為に呆気なく腕を引かれ身体をよろめかせた彼が倒れ込んだ先は、あの影。


「ちょ、ッ?!」

「先に行ってて、だいじょーぶ後できちんと行くからさ」


じゃなー、と笑みを湛えながら手を降るの姿が、影に飲み込まれる前の最後の景色だった。

の創り出した影に飲まれたアレンの姿が見えなくなった頃、も彼の後を追う様に躊躇い無く影の中に身を放り、も入ろうとしたが一度歩を止めた。

急に進むことを辞めた彼女を不審に思いつつも、この状態を保つのは少々厳しいものがある。

何とかその状態を維持させながらは紡いだ。


「隊長ー…早くしてくれないとうち寝そうなんだけど…」

、本当に教団が俺達をすんなり入れてくれると思う?」

「さぁ…でかた次第によるんじゃないの」

「……だよな、」


其処で一旦言葉を区切ると、は手に持った鞄を持ち直し影の中に飛び込んだ。

影に消えて行ったの言葉を胸中で反復させ、は何故急にあのような事を言い出したのだろうかと。

僅かな蟠りを抱きつつも、自分が創りだした影へと視線を落とした。









「――…ん?」


「どうしたんスか室長?」


大量の書類が散らかる一室の中で、モニターに映されていた映像を眺めていた一人の男性が不意に声を漏らした。

それに反応するかのように周りに居た人も其方の方へ視線を向けて、皆動かしていた手を止める。

モニターを眺めたままコーヒーを啜る男性は少し瞳を細めて、映し出されている映像の一点を見据えながら指差す。


「此処、何か変なんだ」


指差された場所を近くに居た男性が注意深く眺めてみれば、確かにその一点だけが妙に歪んで見えたのだ。

皆もその異変に薄々気がついたのか、口々に何だと呟きながらも暫く様子を見ていれば、


                 ――…ヴゥン…


僅かに異質な音を立てて、その空間から一人の少年が出てきた。というよりは吐き出された。

少年は上手く受身を取れなかったのか、そのまま激しく地面に顔を打ち付けていたが。


「「「ひ、人が出てきた?!」」」


見事な程そのモニターを眺めていた人々から同じ台詞が発せられ、皆同時に眼を見開く。

更に何ということか。

出てきたのは少年一人ではなく、今モニターを見ている人々と同じ様な白衣を纏った少女。

次に少々形の変わった、それは確かに此処のエクソシスト達が纏う団服と同じ様な装飾の黒いコートを纏った少女。

最後には三番目に現れた少女と同じく、形の変わった黒いコートを纏う少女。

四人が歪んだ空間から現れたと同時に黒く渦巻くような影は一瞬にして消え去った。

モニターを見続けていた人々は一体何事なんだ、と暫くそのままの格好で止まっていたが不意に一人の男性が紡ぐ。


「室長、どうしますかこの急な来訪者?」

「うーん…千年伯爵の仲間じゃなければ良いんだけど…」

「その可能性はないんじゃないかしらコムイ兄さん。ほら、この子クロス元帥のゴーレム連れてるのよ」


白い帽子を被りコーヒーを啜り続ける男性、コムイと呼ばれた男性は彼を兄と呼んだ少女の方を向いた。

確かに彼女が指差す先の映像には、白髪の少年が立つ脇に黄金色に輝くゴーレムが飛んでいたのだ。

しかし、そのゴーレムは確かにクロス元帥のだったとしても彼については何も聞いていない。

更に団服を纏う二人の少女と、白衣を纏う少女については何の話も…


「いや、ちょっと待って。此の子達もしかして噂の子じゃないかな」


コムイはマグカップを口から離して、映像に映る少女達を眺めた。

思い当たる節が一つだけあったのだ。




「――…以前、探索部隊から報告があっただろう?『見覚えのないエクソシストが、自分達が辿り着く前にアクマを破壊していた』って」


「もしかしたら、その話のエクソシストって…」

「かもしれないね」


そう紡いだコムイの顔には、何故か薄っすらと微笑みが湛えられていた。








「いたた…」


僅かに赤くなった鼻を手で擦りながら、アレンは立ち上がり目の前に聳える門を眺めた。

隣に歩んでくる気配がし、誰かと思い視線を向ければ少し心配するような表情を湛えたが彼に向かって話しかける。


「顔大丈夫?流石にアレ、慣れてる人じゃないと立つのキツイからさ」


御免、言っておけば良かったなと苦笑を交えた笑みを浮かべたの顔は酷く綺麗に思え。

思わず僅かに視線を逸らしたくもなったが、頬が赤くなってないか焦りを抱えつつも「大丈夫だよ」と返しておいた。

その光景を後ろで眺めていたは、お互いに視線を合わせくすと笑いを零す。


「隊長もあーゆう所は疎いからねぇ」

「それが隊長の良い所なんじゃないかな、誰にでも優しいって事だよ。まぁもし何かあっても私がそう簡単に変な虫はつけさせないし


妙に黒い笑みを浮かべながら何処から出したのだろう、分厚い辞書くらいもありそうな本を取り出し構えかけていた。

はそんなの様子に呆れを通り越し、逆に怖くも思え苦笑を交えつつ一歩後退する。


「……ちょっとは隠したら、…」

「冗談冗談、」


先ほどまで出していた黒いオーラを消して、何時もの笑みを湛えて本を仕舞った。

これじゃ先が大変かもしれないな、うちも。と思いつつ僅かに眠気を覚えて眼を擦った瞬間、の呼ぶ声が聴こえ歩み出す。

どうも何かが起こりそうで嫌だなぁと内心嘆きながらもは先に行ったの後を追う様に、ゆっくりと歩を進めた。


「アレン、さっきから気になってしょうがない事があるんだけど」

「何ですか?」


突然、は門近くまで歩むと辺りを飛んでいる黒いゴーレム達を一瞥して眉を顰める。


「さーっきから、見られてる気がしてて…これのせいか」

「多分、監視用のゴーレムだと思うよ。ちょっと良いかな」


そう言ったアレンが黒いゴーレムの一体に近付き、それに向かって声をかけた。


「すいませーん、クロス・マリアン神父の紹介で来たアレン・ウォーカーです。教団の幹部の方に謁見したいのですが…」



『後ろの門番の身体検査受けて。ああ、後ろの子達もね』



急に声が聴こえた事に驚いたが眠そうだった眼を僅かに開き、辺りを見渡していた事には苦笑しつつ彼女を門の前まで連れて行き。

とアレンもそれに続くように立ちはだかる門の前へついた。

何ともでかい顔だなーと、内心は思っていたが急に其の顔が伸びてきた事に四人全員驚き身を引かせた。(眠気一気に吹っ飛ぶってアレ/by

そして四人を全員一度に照らす光が門にある顔の眼から出てきて、何とも言えない気分が込み上がってくる。



(…う、映らない…バグか?)



暫く困惑していた門番だったが、アレンの左目との右手に反応が現れた瞬間馬鹿でかいサイレンを鳴らした。





「こいつらアウトォォオオォオ!!」





「「「はあっ?!」」」

「…やっぱなー…」


急にアウトと言われ驚きを隠せなかったアレン、そしてだったがは一人だけ妙に落ち着いていた。

というよりも思っていた通りになったと言いたげな表情になり、眉を顰めてふと上を見上げてみれば一つの影を見つける。


其れは暗く澱んだ闇に浮かぶ、一つの人影


長く結われた漆黒の髪が僅かにある月明かりに照らされて



鋭く細められた瞳がヤケに殺気立っていて






「たったこれだけで来るとは良い度胸じゃねぇか…」







はまた面倒くさい事になるな、と内心溜息を吐きたくなったが右手にゆっくりと意識を込めた
















                                 2006.9/18











やっと神田出せた…!
やはり伯爵書きたかったですが、早く他キャラも書きたいと思い黒の教団訪問編から始めました!

どうもさんは落ち着き気味、というか余り感情の起伏がそんな激しくないヒロインさんになりそうだなーと。
これぐらいのキャラが実は書き易かったりもするのです(苦笑
さんやさんもこんな感じです、さんちょっと黒いです。はい。
次回はVS神田になるかな、さんもしっかり活躍させたいな…。
そしてコムイさんが言ってた「探索部隊が〜」てやつは本編できちんと解説致しますのでご安心を。

前話で、アレンがイノセンスについて既に知っている様な感じになってましたがあれは全て解釈してるわけではないです。
師匠であるクロス元帥やさんから少しだけ聞いた、みたいに思っていただければ。
それについても後々書いていきたいなーと。