だれかのこどうともしらずに













ただ、聞こえていた音に身を任せていたが不意に現れた気配に青年は暁の双眸を目覚めさせる。

穏やかな闇の中で爛爛たるその朱は、漆黒のスーツを纏う浅黒い肌を持つ男を静かに見据え、

そして再び目を伏せれば、前に佇む男が含んだ笑い声を零した。





「安心してくれ、まだアンタの"落とし子"にはノアとして接触してねぇよ」


「―――…まだ"生まれて"いないに、お前らノアは用が無いだろう」


「そうだけど…しっかし、お前も酷なことするよ。 あんな子供にお前が抱えていた咎を植え付けるなんて……なぁ、」





、そう呼ばれた青年は再び冷たく脈打つ朱を暗闇に巡らせて、頬にかかる銀色を気だるそうに手で払い除けた。

真実を語る男の話など煩いと拒絶するかの如く、

自分が起こした過ちを否定したがるように、は酷く表情を曇らせ身を翻す。

そんな彼の背を眺めながら、唐突に闇に輝く銀色があの汽車で出会った少年の姿とかぶった気がして、ティキ・ミックは秘かに閉口する。

同時に、これから先が愉しそうだとも、心に掬う何かが歓び躍り始めていて。



















40.はじまりの、あさきゆめみし使徒たちへ



















目の前に広がる光景は一体何なのだろうかと、自分に問いかけてみてもわかるはずがない。

戦争とか知らなくて、争いなんて酷い言葉を向こうの世界で日常的に知ることがなかった私達からみても、この場所はとても悲しいことだけは思考が訴えていた。

は、気がつけば互いの手を取り、きつく握り締めていた。

実際に戦場に立って戦ったことがないからなんて言い訳にならないこの場所は、使者という死者の眠り場。

コムイの後についてきたことを後悔してしまうほど、そして同時にどれだけ私達がこの世界で生きていくことを誰かに頼ることで歓楽的に捉えていた無知さを。

胸を貫き腹の底を抉ってしまうかの如く痛みを帯びた感情は、震えとして表にあらわれて。

二人は、泣かないようにただ堪えるのが精一杯だった。

そして、同時に今この世界のどこかで目の前で冷たい棺の中に眠る彼らのように闘っている、ひとりの親友を思い出して。

名を小さく紡ぐけれど、それは近くに佇んでいたリーバーには拾われたが、には届かない。



「…キツいか、この場が」

「―――わたし、たち…まだ、知らなかったから…」

「だがな、これが現実なんだよ」



震える声でが答えるが、は口を閉ざしたまま。

ふとそのことに気がついたリーバーが彼女のほうへ視線を滑らせて、ひそかに驚いた。

先ほどまでのように震えていた筈の彼女は、何かを決めたかのように意志が静かな瞳に宿っていて。

視線を逸らさずに真っ直ぐこの場所を見つめているものだから、どうしたのだろうかと。

妙な不安と同時に、秘かな焦燥を感じて二人の様子には気をつけようと脳裏の片隅に置いておくことにした。

、彼女がこの教団から離れて戦うことを決めた夜に小さく残した言葉を、守ろうと。

ちいさく、眠る人のさびしそうに鳴く風の如く静かな彼女の声が聞こえた気がした。







"  おかえりって、言ってくれるかな…あいつら  "





















不意に、しばらく聞いていなかった二人の声が聴こえた気がして地面に落としていた視線を空へ向けた。

さらりと流れる風に揺れる雲は、おだやかに時を巡らせる。

空耳かと、僅かに落胆したが電話も通じてないのに遠い二人の声が聞こえる筈ないだろうと期待をもった自分を笑った。

その時に漏れた声を拾ったのか隣でティムキャンピーを銜えた猫を抱えたリナリーが、不思議そうに瞬く。



? どうしたの」

「いや……二人、どうしてるかなって」

――、のこと? 確かに、元気でいるかしら…」

「俺と同じで案外しぶといから大丈夫だろうさ」

「信頼してるのね、仲が良くて羨ましい」



本当に、離れてしまっても互いに信じあえる少女たちの様子を見ていて私は微かに嫉妬した。

同年代に等しい女の子の教団員がいないこともあるけれど、彼女たちはこの世界で"たった三人"なのだ。

離れてはいけないように、三人がそろってこそ彼女たちであるのだと存在を示せることが、すごく素敵に思え。

決して崩れないだろうその関係を、いいや、その輪にわたしも片隅でいいから入れてくれないだろうかって、何度思ったか。

かけがえのない心は孤独の戦地で尊い糧になるだろうから、と。

それは口に出してしまえば醜いほどの欲望であるのだろうけれど、そんな彼女たちに出会えたことだけでも幸せだと傍で見ていられるだけで私も、がんばれると叱咤して。



「どうだか…普通なだけさ」

「その普通が、素敵なの。 わからないかなぁ」



そして、こうして話しているだけでもどうしてか不思議と落ち着いた気分にさせてくれる、心も何もかもが深いが。

私にとっていつのまにか、おかえりと言ってくれるにいさんみたいにお家みたいな安心を与えてくれる帰る場所なのだろうかと。




不意にの手をとって、軽く握れば突然のことに驚いた彼女の紫色が綺麗に瞬いたから。

わたしは静かに笑って、









、行こう」










このせかいにきてくれて、ありがとうといってしまうまえに






                                      2009/3/8





ようやくそれぞれの物語が始まります、邂逅もあと少し