静寂にころされそう、


剥離するこころがとけていく












47.少年少女、一輪の華




















震えていた。

伸を使い、ティムキャンピーが示す方向へ迅速に向かう俺の団服の袖を弱くも、きつく握り締めているリナリーの手が。

そして、弱弱しく零される彼女の声が響く、俺の心の奥でさえも。



「はやく…三人をっ」



咎落ちと成ってしまった、一人の男。

その彼を助けようとひとり残ったアレン。

そして、船で別れて以来何の消息も一切掴めない



「どれだけ探しても見つけられないの…ッ」



大丈夫だと、彼らはきっと無事だと。

泣き出しそうなリナリーを言葉だけでも支えてやれたのならどれだけいいだろう。

だが近づくにつれて段々と募る焦燥と、怖さが言葉を押し殺してくる。

キツく噛み締めた口からギシリと音が鳴る。

同時に胸の奥底が、重くのたうち回る何かが悲鳴を上げている。

あまりにも苦しいこの何かを、口を閉ざすことで抑え込もうとするが。

ラビが黙り込んだ事によって、さらに縋る様に強く握るリナリーの震えた感情が、痛かった。











さらりと肌を撫でる風は怒りを覚えそうなほど、きれいだった。

辿り着いた場所には開けた視界しかなく、僅かな光が血濡れた地面を明るく照らしている。

力なくへたり込みその、赤い場所にそっと指先を添えるリナリーの双眸からは、堪えていた涙が溢れ出て。

そのまま、頬を伝うようにして落ちるそれは一筋の軌跡を残す。

同時に、別れる前のアレンの顔が浮かんで。




「ここにいたんだ…」



別行動を取る前に、握り締めたの掌に宿る体温がひどく優しかったのを思い出して。



「でも、どこにもいない…ッ」



ティムキャンピーが録画していた映像によれば、アレンはスーマン・ダークのイノセンスだけでも守ろうとして。

自分のイノセンスが破壊され、その後は。

ティムが最後まで傍に居なかった為にここにいた筈のアレンがいない理由がわからない。

そして、アレンとも、ラビ達とも違う場所に行ったについての消息が一切わからない。

彼女はゴーレムを連れていなかった。

何故今更そんな大事なことに気がついたのだろうかと、悔しさと後悔が混じり合う。

少し、遠くを見つめれば離れた場所に一枚のトランプが落ちているのに気付く。

ラビは無言のまま、ティムを支えたままの左手を掲げながらそれを拾い上げる。




そういえば、アレンはポーカーが強かった





――――ザザッ



『聞こえるか、ラビ』



「……何、」



『港へ戻れ、使者が来た』























同時刻、黒の教団




つい先ほど、アジア支部より緊急の通達が来た。

瀕死の重傷を負っていたアレン・ウォーカーをアジア支部が保護したとのことだった。

彼がそんな怪我を負ったことも酷く驚いたのだが、もうひとつ。

ここに残っているあの二人にはひどく残酷な報告だった。




アレンを発見した同じ場所にてが、発見されたが―――




このことは、伝えるべきなのだろうかと。

コムイは出かけた言葉を飲み込むように、静かに眉をひそめ唇を噛み締める。

だが結局は知らせなければならないことなのだろうと、意を決し、の姿を探す。

大聖堂より戻った後、スーマン・ダークの咎落ちによる混乱からは幾分か化学班室内は落ち着いた様子である。

しかし、いくら視線を滑らせてみても彼女たちの姿が見当たらない。

さっき、自分とリーバー君と一緒にここへ戻ってきていた筈なのに、と怪訝に思った刹那。





「室長ッ、大変です! が教団からいなくなりました!!」





酷く焦ったリーバーの声が、場を突いた途端その場の空気が凍る。



「二人が…? 本当に教団内全てを探したのかい?」

「当たり前ですッ、それに…のイノセンスの能力を覚えてますかコムイ室長!」


「――ッ、まさか」



厭な予感がしていた。

の寄生型イノセンス、名はカゲロウ。

その名前の通り彼女の影がイノセンスの核となっている。

能力は、影から影を渡る―――『空間移動』。



「二人だけでは危険すぎる…は戦うには適さないのに…ッ」

「……ッ、俺の…失態です…」


あの時の、の様子をもっと追究していれば。

思い当たる節に、自責の念を押してもどうしようもならず。

ただ、の元に辿り着かなければいいと切実に願ったコムイは、静かに俯いて。

堪え切れない感情を、ただ右手を握り締めることで必死に押し込めることで。

どうか、皆無事でいてと。




















ゴーレムからの通信に従い、港へ戻ったラビとリナリーであったがその二人の表情は浮かばれない。

もちろん、あのような襲撃に遭った後の船上も同じくして、重苦しい空気だけが漂っている。

ただ、その中でフードを被り背を伸ばして佇んでいる人物だけが異様に目についた。

ラビは、見たことがないその人物に対して怪訝に思い、警戒を抱いたがスグにそれは無意味と化す。

リナリーが少し、ふらついた足取りで皆のところへたどり着いた途端。

そのフードを被った者は、至極この場に似合わぬくらいやわらかな声で切り出した。



「お久しぶりでございます、リナリー様」


「…あなたは、」



聴き覚えのある声に、彼女は少し意識を戻したみたいではっとした表情に変わる。

其れを見て安心したのか、声からして男性と思われるその者は顔を覆っていたフードを取り、笑みを湛えた。

アジア支部長補佐役の、ウォンと名乗った彼はリナリーへ向けていた笑みを、突然伏せる。

そして、ゆっくりと。

それでも重く口を開き直し、真剣な顔つきになれば必然とその場は緊張に包まれる。



「取り急ぎ、我ら支部長の伝言をお伝えに参りました」


「……伝言?」


誰が零した疑問なのかは定かではない。

しかし、その先に待つ現実に誰もが絶句した。




「こちらの部隊のアレン・ウォーカーとは我らが発見し引き取らせて頂きました」



「―――本当にッ…!?」


「ですが今すぐ出航なさってください、ここで彼らとはお別れです。 そしてもう一つ、…心して御聞き下さい」


「……何、さ」















―――彼女もイノセンスはその身より消失し、今や自分が誰であるのかもわからず語りかける人の声さえ反応しない。


 心を、失われてしまったのです。

 
もう、奇跡が起こらぬ限りエクソシストとして、ヒトとしての復帰は…望めないでしょう」














ねぇかみさま、いつまでてをつないでいてくれるのかな


それとももう、おそいのかなぁ






いきていくことわすれてしまいそう


いのちをさらったやくそくはどこまでがやくそくで、ねがいだったの





"  "してたよ、だれかを








09/7/29



すぎさっていくこころの残照