きみがいえばわたしはここにいるから
49.『この揺り篭が忘れていた未来への昴』
「バ、バク支部長〜!!」
今まで黒い服を好んで着ていたばかりを見ていたせいか、今のような薄手の白いワンピースが酷く見慣れなくて。
本当に僕がしらない彼女を見ているようで寒くないように、
以前のと重ねられるようにアレンが大きめの黒い上着を彼女の身体に優しく羽織らせてあげたときだった。
入り口より駆け込んできたのは、眼鏡をかけた黒い髪を二つのみつあみにしている科学班員のような格好をした少女。
彼女を見るなり、バクはその少女の名であろう名前を意外そうな表情で呟いた。
「蝋花? どうした、そんな血相を変えて」
「えっと、あの…警報とか一切鳴りませんでしたよね…!?」
「警報とは…どういう意味か説明をして欲しいのだが」
「だからウチ等は迷い込んだだけだって言ってるでしょうが! いい加減信じて欲しいんだけど!!」
酷く慌てた様子で一向に話の内容をはっきりとさせてくれない蝋花に対して、バクが僅かながらの苛立ちを見せた頃。
この場に居る者にしては少し荒い口調での怒号が聴こえ、部屋の中に居た全員が目を丸くした。
しかしアレンだけはその声に聞き覚えがあった。
忘れてはならなかった、なぜなら今目の前に居る大切な少女のかけがえのない友人の声であったから。
信じられないながらにも僅かな期待を込めて振り返ってみれば、
蝋花の後に続いてきた二人の科学班の格好をした男性に押さえつけられながらも抵抗を止めないエクソシストと。
少しばかり泣き出しそうな表情を称えた科学班員―――そう、忘れるわけがない。
の親友であるとが、何故か此処に居るのだ。
「バク支部長! この二人突然支部内に迷い込んだとか言ってるんすけど…」
「何? そんな事は有り得ん、此処の入り口は結界で封じられている筈だぞ!」
些か科学班に勤めるには元気のよさがあふれるような青年が、もうの言う事は聞き飽きたとでも言いたげにウンザリとした表情で告げれば。
それを聞いたは憤慨しつつも、静かな男性に連れられている方のが悲しげに表情を歪ませた。
「でも、本当なのに…気がついたら私達ここに居たからどうしようもなくて…」
「、! どうして此処にいるんですかッ!?」
「―――アレン?」
暫く唖然としていた表情でその場の成り行きを眺めていたアレンだったが、ようやく思考が追いついたのか彼女達の名を叫べば。
対する二人も酷く驚いた表情で彼を見つければ、必然的に彼の隣に座り込んでいるの姿が目に入るものだから。
が咄嗟に青年の腕を振り解いて駆け寄ると同時に、も普段からのおとなしい性格からは想像つかないほど強引に抜け出して。
同時に彼女達は、の細い身体を抱きしめた。
「隊長ッ…やっと会えたのに何で何も言ってくれなかったのさ…!」
「ずっと連絡ないから…心配だったのに酷いよッ」
必死に、泣くのを堪えている二人の震える声に、突然支部内に進入してきたという不審者であったとであったが。
今の姿を見ていて、誰が少女たちを咎めることができようか。
アジア支部に見慣れぬ人と聞いて警戒を抱いていたバクであったが、アレンが二人の少女の名を知っていることや。
を案ずる様子を見ていて、決して害はない者だと判断したのか静かに見守るように口を閉ざしていた。
それは二人を連れてきた蝋花、そして李佳とシィフという名の男性やウォン、フォーでさえも。
皆わかっているのか、誰も口を挟もうとはしなかった。
だが、先ほどのアレンのように何も反応しないを見て、怪訝そうに顔を上げた二人に対して現実を伝えたのは。
真っ直ぐでも光の無い眼差しを宙へと向けて沈黙を守る彼女と、二人の傍に寄ったアレンだった。
「、…どうか聞いてください。 はいま、僕たちの声もぬくもりも…何も感じられないんです」
悲しいけれど、これが今の現実なんだ。
そう呟けば、とは静かに我慢していた涙を零して俯いてしまった。
苦しいほどの静寂が、彼等の隙間を縫うように漂っている。
「それでは、二人はさんのイノセンスの能力で此処まで辿り着いたと解釈していいと?」
その後、何とか落ち着きを取り戻した二人に暖かい中国茶を入れてくれるというウォンの好意に甘え、
皆はアレンがイノセンスを取り戻す為の修行に励み出した頃。
アレンとフォーの様子を見ることができるモニターの付いた別室にて、とはバクに此処まで辿り着いた経緯を話していた。
何故か、あの部屋より離れようとしないを置いて行く事にはもちろん反論していたが、アレンの零した一言で気持ちに区切りを付けたのだ。
"彼女が見ていてくれると、がんばれる気がするから"
アレンがに対してどれほど大切な気持ちを抱いているか、二人は知っているからこそ彼に託して大丈夫なのだと。
そう自負するように、けれどもの傍に居られるという少しばかりの嫉妬を抱きつつも。
は暖かい器に口を寄せながら頷いた。
「アジア支部に来るとは思ってなかった…ただ"黒の教団ではないどこかへ"って願ったら」
「ここに来ていた、か。 キミのイノセンスは空間を移動するという極めて珍しいものなのだな」
「うん…まぁ、そうなのかな…」
「……どうした?」
何故か釈然としない反応に、僅かながらにもバクが眉を潜めてみればとは互いに視線を合わせて。
何か確認するかのように頷き合った後、前に向き直り口を開いた。
「ウチのイノセンスで行ける場所は行ったことのある土地だったら何処でも大丈夫だけど、
知らない土地や大陸をも越えた長距離移動は無理な筈なんだ。
だから、どうしてここまで来れたのかわからなくて…それに影を渡る時、どうしてか"傍"に隊長がいるような気がしたんだけど…」
「居るはずもないのに、イノセンスを持ってない私でも確かに見えたの。 だから隊長を追って来たら此処に着いちゃって」
「……まさか、さんとさんのイノセンスは互いにシンクロしているとでも言うのか?」
「ウチだって確証は無いよ! ただ、もしかしたらってだけで…」
「それに二人がイノセンスを手に入れたのも、同じ時期だったから」
もし、彼女達の言うことが本当ならばこれは今までに無い異例の一つであった。
空間を移動できるという能力自体、今の科学では現実化させるにも到底無理なことであるからだ。
しかしイノセンスという物質は様々な形をも持つというし、
つい先日コムイより聞いた話ではを初めとする彼女達は"類なる存在"だと言っている。
アレン・ウォーカーのようにイノセンスが適合者を生かすということもあるのならば、
達の場合例えるならば一つの絆としてのイノセンス―――?
それに彼女達がイノセンスに適合したのはほぼ同じ時期だといっている。
未だ情報の少ない中で結論までには至る筈もなく、
これはアレンのイノセンス同様後々重要視していくことに越したことはないと心の奥に留めて置いた。
同時に、中央庁に知られてはならないとも思った。
少なくともバクはエクソシストを道具のようには思ってはならないと、
彼等でさえ心ある人間なのだからライバルとも言えるコムイと同じ志を持つのは些か渋るものがあったが。
しかしバクは、自分達よりも過酷な世界で戦うエクソシストという名の使徒達に対して非情になる事はできなかったのだ。
だから彼は、少しばかり自分の誓いにも似た心を思考の中で反芻していた僅かばかりの時間の間に、
が呟いていた言葉を聞き逃してしまっていた。
小さくともしっかりと紡がれていたそれを。
「もしかして、同じなのかな。 ウチと…隊長のイノセンスは」
―――同時刻、江戸帝都
数多のアクマが巣食ってしまったこの地は、いまや伯爵の砦。
その中枢地にでも位置しているような城の上では、ノアの一族と伯爵が悠然と佇んでいた。
彼等の目的は新たな舟に乗り換える準備の為。
そしてイノセンス適合者の中でもハートの可能性が高い元帥達を討つことでもある。
しかし、ティキ・ミックは未だに気になることがあり物思いにふけながら、タバコの煙を静かに吐き出した。
イノセンスを確実に破壊し、心臓に穴を開けた筈のアレン・ウォーカーが生きているかもしれない。
そのことを確かめる為に、伯爵に促されるようにして一体のアクマに対して差した指の辺りでティーズが舞った。
「じゃそこの奴、今すぐ『箱』で中国飛んで」
承諾したアクマが共に行かせたティーズと同時に『箱』で発った時だ。
「成る程、どうりで"俺の眼"では見つけられないはずだ。 教えてくれてありがとうティキ・ミック」
「―――へ、?」
「……どうして貴方が此処に居るんでしょうカ?v」
突然その場を割って聞こえた声に、誰もが一瞬言葉をなくした。
なぜならば誰にも、伯爵にさえも気づかれぬままに彼等の後ろ側に背を向けて佇んでいたのは。
日の光に瞬く銀髪を揺らし燃ゆる紅の双眸を鋭く細めている・オビルニアンであったから。
ティキを初め、スキン・ボリックやジャスデビでさえ言葉をなくしているというのに。
伯爵だけは至極楽しそうに笑っていた。
「あれだけ夢を壊して差し上げたというのニ、生きているのは流石と言うべきでしょうカv
我々ノアにもエクソシストにも追放された蝙蝠ちゃんハ!v」
「すまないな、教えて差し上げるべきだったか? 俺の時間は既にへ託す準備は出来ている、無駄な事だったとな―――ッ!」
刹那、漆黒の両手銃を発動させた彼は驚くべき瞬発力で屋根を蹴り上げると身体を翻し宙に浮かんだままの格好で構えをとる。
それに気がついたノア達は咄嗟に防御の体制を取るなり、その場を離れた直後城の最上階に値する場所がすべて轟音と共に燃え上がった。
遠くに離れたというのに、アクマを足場にして振り返った彼等の肌を撫でつける空気は灼熱の気を纏い、
視線の先では何もない筈の宙に飄然とした態度で浮かぶ。
不適に笑うなり、は両手を交差させると、彼の背後の空間が"割れた"。
その割れ方を知っている伯爵は何故とでも言いたげな表情で―――阻止しようと、アクマたちへ指示を出すが。
「いけないッ、『方舟』を蝙蝠ちゃんに使わせてはなりませン!v」
「じゃあな、貴様等は"道化として歩むアレン・ウォーカー"と"神曲より目覚めた"が安息へと導くだろうから愉しみに首を洗って待っていろ。
此の世界の愚者共」
彼が姿を消すと同時に、城の影より一つの炎にて生まれた大蛇が伯爵を飲み込んだ刹那―――
ラビ達が、江戸帝都にてノアの一族と伯爵との邂逅のときを迎え、開戦の序曲を誰かが今かと待ち望んでいる気がした
嗚呼、開幕ベルをまだ鳴らしてはならない
11/10/24
めぐるときをただみおくりながら わたしにかたりかける