闇の舞踏会、それは彼の旋律に乗り
5. A blade of black
ガギィイン!、と何かが激しくぶつかり合う音が夜の中に響いた。
咄嗟に感じた殺気の方へと視線を向ければ、一人の漆黒のコートを纏う人物が自分達へ殺意も籠もる視線を向けていた為に。
何か、ゾクリと背が悪寒を覚え対アクマ武器を発動させたのが不幸中の幸いか。
ズキリと痛む腕を見てみれば、決して今までアクマの砲弾により傷つかなかった其れに激しい損傷がある。
突然現れ、自分の対アクマ武器を容易く傷つける刀を持つ青年をアレンは鋭い視線で見据えた。
しかし一つだけ何かを忘れてしまっているような気がする。
胸中の片隅に生まれる蟠りが忘れてしまっている何かを思い出させようとさせ、突然の出来事によって落ち着けない心を余計急かす。
一旦、息を吐いてから痛む腕を少し動かし構え直そうとした時だった。
「―――隊長ッ!」
「……え、」
の、悲痛な声が騒々しくなっている筈の此の場にヤケに響いたのだ。
そちらの方へ視線をゆっくりと向ければ、あの初めて会った教会でが手に携えていたメリルシアが地面に突き刺さっている。
持ち主を離れた其れは次第に淡い光を零し、パキンと甲高い音を立て漆黒の闇夜の中に消え去った。
其の光景を少し眺めていたせいで周りの方に意識が向いていなかったのだろう。
彼女の武器が突き刺さっていた地面の更に離れた場所に、彼女が倒れていたことに。
「…ッ?!」
アレンはが駆け寄り声をかけていても起き上がろうとしない彼女に不安を覚え、駆け出そうとする。
しかし顔の真横にあの漆黒の刀の切っ先が衝き付けられ、ひたと動かそうとした足を止めてしまった。
静かにその切っ先の元を辿れば矢張り闇夜の中に見た青年であり、眉を顰め訝しげな表情を浮かべたままトーンの低い声で紡いだ。
「…お前、その腕は何だ?」
「対アクマ武器ですよ、僕や…それに彼女達もエクソシストです」
一度目の前に佇む青年を一瞥し、離れた場所に未だ倒れ込んでいると近くに居たを見て視線を戻す。
その言葉に僅かな反応を見せた青年は、急にきっと瞳を細めて大声で門番を怒鳴りつけた。
「門番ッ!」
「いあっ、でもよ中身がわかんねェんじゃしょうがねェじゃん!」
アクマだったらどーすんの!と喚き立てる門番の言葉に耳も貸さず、目付きを悪くさせた青年は再び眉を顰めると片手に携えた刀を持ち直し、
「…中身を見ればわかることだ」
静かに腰を落とし、右手に掲げた刀を身体の後方へと回しアレンを見据え瞳に込める力を一層強めた。
アレンはその覇気に押されかけ、僅かに後退りかけるが自分の後方に達がいる事を思い出す。
ふと怖気づいた心を落ち着かせようと一度瞬きをし、対アクマ武器を発動させた腕を上げたのと刀を構えた青年が地を蹴るのは同時。
このまま、また怪我する羽目になるのか
僅かな焦りと恐怖感に苛まれ、アレンは知らず内に両目を閉じてしまう。
しかし、訪れたのは痛みでもなく衝撃でもなかった。
金属同士がぶつかり合う甲高い音が聞こえ、幾ら時が経っても何も起こらない事にアレンは疑問を覚え薄っすらと閉じていた瞼を開く。
そして目の前の光景に、息を呑んだ。
其処には確かに先ほどまで地に伏せていたが、あの彼女の身の丈よりも長く大きな刃を備えた鎌で青年の刀を受け止めていた。
ギリリ、と僅かに力と力の相殺により擦れ合う音が響く中青年は驚きに眼を見開かせて小さく声を零す。
「てめッ…何故エクソシストの団服を着てやがる!」
青年の殺意が未だに消されない声に怖気づく事も無く、はメリルシアを持つ手に力を込めながら一度咳き込んだ後す…と顔を上げた。
「師匠に貰ったからとしか言えないっての。つかいってぇ、口切ったし…!」
そう紡ぐ彼女の顔を見れば、確かに口の端から一筋の紅い液が流れた後があった。
痛みのせいか顔を顰めながらもは手に込める力を弱めようとせず、アレンの方を向き彼にアイコンタクトを送る。
彼女のその行為の意図が掴めたのか、アレンははっと何かを思い出したかのように周囲を飛び回る黒いゴーレムに向かい叫んだ。
「僕達は敵じゃありませんっ!それにクロス師匠から紹介状が送られてるはずです!」
そのアレンの言葉に、目の前に居る青年もゴーレムから聴こえてくる筈の声も一旦全てが途絶えた。
何したんだ、とは微かに首を傾げながら今対向している青年を見据える。
英国風でもない、まして米国のような出で立ちや容姿ではなかった。寧ろ自分達と同じアジア系統の容姿。
漆黒の髪に瞳というなら、世界は違くとも自分や、それにと同じ国の出身なのだろうか。
そのような事を考えていたら急に門が開き近くに浮遊していたゴーレムから声が聴こえた。
『入城を許可します、アレン・ウォーカー君。君、君に君』
「――…どういう事だ?」
急に入場を許可された四人を一瞥し、刀を握る力を強めれば意表を突かれたのかは一瞬バランスを崩しかけて慌てて力を込め直す。
『ごめんねー早トチリ!その少年はクロス元帥の弟子、彼女達は元帥の弟子達だったよ。ほら神田君ストップストップ』
「…元帥だと……?!」
(…師匠有名なのか?)
明らかに自分の師である者の名が出た途端、青年は酷く信じられないとでも言いたげな表情を浮かべた。
その様子にだけではなく、遠くから様子を見守っていたやまでもが首を傾げる始末。
少しの間そのままの格好で止まっていたが、急に現れた少女が持っていたバインダーで青年の頭をぱこっと叩いた事により事は進んだ。
「もー、やめなさいって言ってるでしょ」
入りなさいと促す彼女の後につき、青年はに突きつけていた刀を下ろすとずかずかと門の中へと歩み去って行ってしまった。
は持っていたメリルシアの発動を静かに解き、一気に緊張感が途切れてしまった為にその場へ座り込みそうになるが何とか踏ん張り大きな息を吐く。
其処にとが駆け寄ってきて、心配している表情を酷くわかりやすい程に湛えていた為には苦笑を漏らし「大丈夫だって」と手を左右に振る。
しかし、幾ら入城を許可されたとはいえ急な展開、いや一度も師匠の名は言っていないし何よりも自分達のことについて語っていなかった。
それなのに、と暫くその場に佇んでいたら門の中に入ろうとしていたアレンの先を行く少女が不意に振り返り動こうとしない三人を見つける。
「あなた達も入って良いのよ?」
「……どうして一度も師匠の名を出してないのに師匠の名を知ってたり、素性の知れない俺達を簡単に受け入れた?」
恐らく、その時の声は酷く低くて、自分でも信じられない程に無表情だったかもしれない。
でもそれさえ気にかけず、目の前で待ってくれている少女は屈託の無い綺麗な笑みを浮かべた。
「あなた達の話は元帥から良く聞いていたし、それにクロス元帥からの手紙にも書いてあったのよ」
―――何時か現れる三人の女が、きっと力になる筈だから覚えておけ
その中でも 藍色を纏う女はな
クロス元帥という人物がどんな人なのかわからなかった
けれど此の屈託の無い、そして敵意や疑う意さえ込められていない笑みを放ってしまうのは酷く胸の片隅が痛む気がしたから
ぎこちない、とは思った笑みのような苦笑を口元に描いた
2006.9/20