その道化、白きを持って純粋な心を愛と成し


その異端、黒きを抱いて世界の影を愛しみ切り拓け










"そうだ、僕等のなまえはただ思い出そうとしていなかっただけで 

いつでも傍に居てくれたんだったよね 







ごめんなさい、そしてこれからはありがとうを"




行こう―――共に、













50.『ここにいるよ』



















白い部屋の中で、ずっと動かずに膝を抱えてソファの上に座り込んでいる少女がいる。

肩口辺りを少し越した深い藍色の髪は、風もないのにさらりと揺れている。

その少女の纏う白いワンピースでさえも少女は身じろぎひとつさえしていないのに、意思があるかのようにはためいていた。

だが少女は一向に顔を上げようとせず、ただぼうっとした意識のまま視線を真っ直ぐに落としているだけ。

伏せがちな薄紫色の双眸も今は光さえ宿しておらず、彼女の時間だけが止まっている。

少し離れた場所に散らばっている譜面にさえ興味を抱かず、
自身を纏う空気のやけに暖かな安息をも齎そうとする柔らかなぬくもりさえどうでもよかった。



少女―――は、閉ざしてしまっている。

心という心を、イノセンスを失ってしまい、暗く冷たい月夜の中で血を流し冷たくなってゆくアレンを救う術さえ持たなかった己の非力さを嘆いて。

守れるはずだったラビとの約束さえ破ってしまい、リナリーとはろくに会話さえできぬままに。

そして、とはもうかなりの長い間互いの安否さえも確認できない。

自分はどうしてこれほど役立たずで、どうしようもない人間なのだろうか―――

結局今までエクソシストとして戦ってきた理由は元の世界に帰ることだったのだが、
その糸口も見つけられず終いには師匠さえいなくなってしまった。

教団に頼ればいいのだろうけれど、どうしてか思考の片隅で疼いて仕方がないのだ"結局は違う世界の人間"なのだからと。

醜い心だとわかっている、ただ独りよがりなダサい言い訳だと知っている。

それでも、いつか帰るときの為に依存してはならないのだと。

其の頑なに崩しきれなかった誓いにも似た苦しさが、いつの間にかという存在を象ってしまっている。

だから、今もこうしている間に何故か脳に直接響き渡ってくる子守唄。

幼いアレンに似た少年を愛しんだマナという者の声。

咎落ちと為ってしまったという会ったこともないスーマン・ダークという男性の、家族の姿。

リナリー・リーの幼き頃に植え付けられた恐怖、ラビがログを変え名前を変えた頃、幼少の神田が言う夢うつつの中に在る花――




いたい




そう、認めてしまえば途端にの思考など働かせないかのように、痛みが走る。

誰のものかわからない痛みや知っている人たちの記憶が流れ込んできては、に強制的に見せてくるのだ。

イノセンスを持たない己はこの世界ではもう無力なのだから、もうこれ以上私を惨めにさせないでと。

微動だにしなかったは、強く双眸を瞑り頭を抱え込んでしまった刹那。









『―――…



…だれだ、?



『僕は、どうしたらいいんだろう。 このままじゃイノセンスを取り戻すなんて到底難しそうで…早く皆の所に戻らなきゃいけないのに』



そうだな、でもキミならきっと大丈夫



『それに、の心から笑った顔を一度も見れないままに別れるなんて僕は絶対に嫌なんだ。 身勝手なわがままかもしれませんけど…』



ああ、わたしのしんきょうを考えずにいつもそう言っていたな だからこまってたんだ どう反応したらいいものかって



『絶対に二人で帰りましょう、みんなのところに』



………いいのかな、イノセンスのない私がキミの隣に居ても




『…ホームに帰ったら―――














「……ウォーカー」


自分の名前を呼ぶ声に、アレンは唯一在る右手での左手を握りながら、水の在る部屋の塀に座り込んでいた。

イノセンスを取り戻そうとする焦りの余りに、苛立ちが限界に達してしまい手合わせをしてくれていたフォーと些か喧嘩になってしまい。

気まずさを抱えながらも、心を入れ替えようとあの部屋より立ち去る際に、どうしてか誰が手を引いても反応してくれなかったという彼女が。

不意に静かな地下にひとり残してしまうのは心苦しかったから、の手を引いたとき。

彼女は僕に従うように瞳の光は変わらないままだったけれど、ついてきてくれたのだ。

本当に驚いたけれどでも心を取り戻したわけではないから口を利いてはくれなかったけれど。

このままじゃ行く先が見えないままの僕にとっては、それだけで十分な暖かさだった。

そして、返してくれないとはわかっていても、どうしてかこの想いを誰かに打ち解けたくてぽつりぽつりと呟いていたけれど。

に、とどいていたらいいなと思っていた矢先のことだ。

声が聞こえた方向に視線を向けてみれば、フォーとがランプを携えて佇んでいた。

やはり彼女達はがあの部屋を離れて此処に居ることに驚いていたようだけれど、すぐに表情を戻すと皆各々の場所に座り込む。



「―――あたしは別にお前が落ち込んでるんじゃないかって笑いに来ただけだからな…ッ」


「とかいいながら、一番フォーさんが心配してたよね」


「うん、あの様子は意外だったねー」


「アンタらは黙ってろって言っただろ! 話をややこしくするんじゃねぇっての!」


「「はーい」」



フォーに怒鳴られて、しかしそれは本気で怒っているわけではないことを知っているは互いに笑い声を零す。

そんな二人の様子とフォーの態度に未だ話の方向が理解できないアレンが僅かに首を傾ければ、フォーが口を開いた。



「まぁでも、お前の戦う理由なんとなくわかったぜ。 励ましてやろうと思ったが意味ねーみたいだし」


「え…?」


「ソイツだよ。 アンタはのように大切なモノの為に戦ってんだろうが」


「大切な…」


「調子乗るんじゃねーぞ! あたしはまだムカついてんだからよッ!」



お前等もこれ以上余計なこと言うなよ、との二人に念を押しながら下に降り立ったフォーの背中を眺めて。

そして隣に座るへと視線を移して、アレンは瞼を伏せて、再び視界を空けた時。

そうなのかもしれないと、心にもやもやと残っている何かが晴れていくような気がして、思わず握り締めたままのの手を繋ぎ直して。

笑った。


「……そっか、そうかもしれない。 ありがとうフォー」


埋もれてしまいそうな迷っていた気持ちに気づかせてくれたフォーに。

僕の戦う理由であるの存在を確かめるように、アレンは口には出さなかったが胸の中で決めていた。

迷っているくらいなら行動に起こしてしまえばいい、歩けばいい、隣ではなくても前で手を引いてあげられるように―――

いつの間にか僕等の後ろに居た李佳、蝋花、シィフの皆も今はと打ち解けている様子で。

互いに歳が近いのもあるだろう、各々の話に華を咲かせ始めた。



「しかし、隊長ってアジア支部に来てあの部屋から動こうとしなかったんでしょ?」


「そうなんです、でも僕が此処に来ようとした際に咄嗟に手を引いたら…ついてきてくれて」


「無意識というか意識がなくても、身体が覚えているのかもしれないってことですよねぇ〜。 いいなぁそういう関係って」


「からかわないでくださいよ蝋花さん、僕等付き合ってるわけでもないんですから…!」


「じゃあさんはフリーってワケ? 俺彼氏候補して―――「それはダメです!」なんで?」


「な、なんでって言われても…」


「わー、アレン顔あかーい」



何故か恋沙汰の話に変わってきており、年頃の彼等といえばらしい話の内容なのかもしれないが。

ひとり真面目なシィフは僅かにあきれた様子で皆を眺めていたが、先に歩んでいったはずのフォーの様子がおかしい。

ぼうっと、宙を見つめたまま動こうとしない彼女の姿に流石に異変を感じたのか、シィフが近くに居た李佳に伝えれば。

皆が、彼女のほうを見た。



「………フォー?」



誰が零した言葉なのかわからなかった。

ただ異質な空気を感じた刹那、悲鳴にも似たフォーの声がその空気を引き裂いた。





「バクッ…ウォーカーとを隠せバクゥ――――!!」





彼女の声が響いた直後、フォーの身体を裂いて姿を現したのは歪な形をした摩訶不思議な物質と。

雷光にも似た眩い光の零れた後、アレンの左目が反応を見せていた。

その場に居た全員が息を呑み、突然の出来事に対応できるはずもなくただ呆然と状況を理解しようと構えたが。

耳障りな声が、彼等を縫うようにしてはっきりと響いてきた。




「『白髪』『奇怪な左目』それに『異端の抜け殻』―――お前たちがアレン・ウォーカーとだね?」







11/10/24



ひとりでもだいじょうぶだと きづかずにあるいてたね