居た堪れない、この空気がトテモイヤダ
6. 異質なる微笑みの在り処
教団内に入ってから、自分達を見定めるような視線ばかり刺され続け流石のも音を上げそうになりつつあった。
確かに入り口の所であれだけ騒いでいたのだから、中に入れば人目も多くなる事だし些か覚悟はしていたが。
これ程までに奇異の視線を向ける本人達は隠しているつもりなのだろうが、強く思考が出た視線は何時になっても心地良いものではないと溜息を吐く。
ふと、視線を辺りへと巡らせていたらが今にも寝そうな勢いでふらついていたので、苦笑を零し彼女に対して背を向けた。
「、眠いなら無理すんなって言ってただろ」
「んー…ごめ、隊長…」
「ほら良いから寝た寝た」
素直に彼女は従いの背に身を預けた瞬間、小さな寝息が聞こえてきた。
それを確認してから片手に携えていた鞄を持ち直し、の分の鞄を持とうとしたらひょいと下げていた視界から消える。
疑問に思い視線を上げればアレンが小さく笑みを浮かべながらの分の鞄を持っていた。
「は彼女を背負ってるから大変でしょ、僕が持ちますよ」
「いや、でも悪いし…」
「隊長もさっきので疲れてるから任せておいたら?隊長の分私が持つし」
「……んじゃ、頼んどく」
少々申し訳ないような表情を浮かべながら、は空いた両手でを支え直し少し離れた場所で待っていてくれたらしい少女に近付いた。
彼女は急がせる様子も、苛つく様子など見せずにただ静かに待っていてくれたようでは安心し笑みを向ける。
「御免、ちょっと待たせてて」
「いいのよ、えっと…」
「ああ、俺はで背負ってる子が」
「私は、よろしくね」
「こちらこそ、私はリナリー・リーっていうの」
お互いが自己紹介を終えたあと、リナリーに教団内を案内してもらっている際どうしてもから視線を外せなかったアレン。
彼女は普通に笑みを浮かべているつもりなのだろう、しかし対面から見る者にすればそれは何処となくのような朗らかな笑みではなく。
何処か、瞳に小さく淋しい色を浮かべた微笑のようなものばかり。
今思えば彼女の本当の笑みというものを見た事が無い。
普段からどちらかと言えば静かな方のが、街中に居るような少女の様に笑う姿は想像できないのもあるが。
でも、は明らかに笑みの数が少なかった。
歳相応の女性に比べて、そしてやに比べて。
少しの間ずっと彼女の横顔を眺めていたせいか、ふと急にがアレンの視線に気がつき疑問符を浮かべた様な表情で此方を見る。
「アレン、何かしたか?」
「あ、いえ…何でも」
「んなら良いけど…、さっきから見てて俺何かしたかなって不安なってさ」
そう苦笑を浮かべるの顔を見て、ああ、そういえば苦笑を浮かべる事も多いなと思いつつもアレンはゆっくりと視線を外し誘導するリナリーの背を眺めた。
何時かは見てみたいとは、思う。
屈託の無い笑みでなくて良い、彼女の朗らかな笑みというものを。
「はいどーもー、科学班室長のコムイ・リーです!」
急にそう言いながら現れた人物に対して驚いたアレンと、そしては僅かに眼を見開かせつつも口々に挨拶をした。
コムイは全員の姿を確認すると背を向けて歩き出し、その後に続いて皆も歩みだす。
「歓迎するよアレンくん、それにくんにくんに…あれ?」
「だったら今俺が背負ってるけど」
「あれ、寝てたんだ」
コムイの言葉に答えることもなく静かに寝息を立て続けるを見て苦笑した皆。
は僅かに背負っているの顔を見て、今日はやけに眠りが深いなと思いながら視線を元に戻せばコムイがある一室に入った為それに続いて達も入る。
入った部屋は何処かの病院のような、そして病室のように白い壁で覆われた質素感が些か感じられる部屋だった。
少し室内を見渡していただったが、手頃な場所に空いていた椅子があったためにそれを壁際へ寄せてをそっと椅子に座らせる。
起こさないように下ろした後、少し腕を伸ばした時に僅かな痛みを感じ顔を顰めれば近くに居たリナリーが彼女を見て声をかけてきた。
「どうしたの?」
「ん、いや…どっか怪我したかもしれない。何か痛いし…」
「隊長怪我したの?!」
「思い当たる節はあるかい?」
怪我、と聞いては大袈裟に驚いたがコムイは至って冷静にコーヒーを啜りながら問いかけてきた。
うーんと僅かな声を漏らしつつ唸りながら考えれば、ふと急に思い出したのは門前で出会ったあの青年との戦い。
痛みがまだ感じられる右腕の袖を試しに捲ってみれば、其処には弾き飛ばされた時擦ってしまったのか血が滲んでいる擦り傷があった。
その傷を見て痛そうに思えたのかアレンとは微かに顔を顰めたがコムイとリナリーは冷静にお互いの視線を交じらせた後、リナリーがバインダーを置きの腕を引く。
「其処に座って、私が手当てしてあげる」
丁寧に傷に触れないようコートの袖を捲り、手近にあった椅子へ促す。
しかし手当てする程でもないと思っていたのかは一旦驚きつつも直ぐに表情を戻し、空いた左手を左右に振る。
「いや、いいって…リナリーさんの手を煩わせるわけにも…」
「駄目よ、化膿しちゃったりしたらどうするの」
「こんぐらいの傷ほっときゃ治…」
「駄目、良いから任せなさい」
出会ってばかりの人物、それに可憐ともいえる少女にこんなにとって微妙な傷でしかない傷を手当させるだなんてとてもでなかったが気が引けるというのに。
リナリーは有無を言わせないような声色で、同時に表情は小さく笑みを浮かべているものだから此れは断ると後が怖いだろうなと思い素直に従う事にした。
それに怪我を放っておけば、やも口五月蝿く注意を促してくるものだからまたそうなるのは勘弁だなと小さく苦笑と共に息を吐く。
「それにね、私自分と同じ女の子が同時に三人も入ってくれたのが嬉しくて」
リナリーのそう言った瞬間の顔は酷く優しいもので、はふとその綺麗な顔に見入ってしまう。
同じ人間、それに女性なのにどうして自分とはこれほど違うのだろうか。
一瞬、脳裏に自分の何時か鏡で見た表情が浮かびそれを消し去ろうと小さく顔を横に振り笑みを返す。
「私の事は呼び捨てで構わないわ、寧ろそうしてくれると嬉しいの」
「じゃ、俺の事も良いよ。で構わない、勿論も良いって言うだろうしも良いよな?」
「うん」
僅かにの方へと顔を向ければ、彼女は何時もの様な笑みを浮かべて頷き返してくれた。
それを見たリナリーは再び嬉そうな綺麗な笑みを浮かべ、「ありがとう」と零す。
「リナリーの凄く嬉しそうな顔、久しぶりに見たよ」
少し離れた診察台の上でアレンの腕を見ていたコムイは、ふと向けた視線の中で綺麗に笑うリナリーと対するを眺めながら呟いた。
アレンも己の左腕の対アクマ武器を発動させながら、視線だけ彼女達の方へ向けている。
確かにリナリーという少女は凄く明るい、同時に楽しそうな表情を湛えていた。
も彼女や程まではいかなかったが、ふと時々漏らす笑みが何時ものより柔らかに見えた気がして思わずドキリとして視線を背ける。
それがいけなかったのか、コムイはしっかり彼のその様を眺めていたようでにやりと口元に笑みを浮かべたかと思えばアレンの耳元に顔を寄せ、
「くんに惚れてるのかい?」
「――――え、そ…そんなこと…!」
「いやー、若いって良いね〜」
「からかわないでくださいッ!!」
コムイにからかわれ、顔を赤くさせたアレンが思わず身を乗り出しながら大声で叫べば一体何事だとリナリー達が視線を向けてきた。
視線に気がついたアレンははっと椅子から離れた身体を戻し、ぶすっと僅かに口を結びながら毒づいた眼でコムイを軽く睨めば彼は笑ってる。
しかし妙な機械を取り出し始めたコムイは湛えていた笑みを戻し、柔らかな色を湛えた瞳で呟いた。
「でも、わかる気がするな。くんに惹かれるのは…あの瞳がどうしても気になって仕方が無いんだよね」
「…コムイさんも…?」
「あれ程淋しそうな微笑みは見た事がないからね、さーて今から修理するけどトラウマになりたくなかったら見ないほうが良いよ」
「…へ?」
ジャキーン、ととても物騒な修理に使うとは思えない機械類を取り出し構えるコムイを見て思わず声を漏らすアレン。
その様子を眺めていたもびくっと一瞬肩を震わすが、何とか平静を装い一体何を始めるつもりなのだろうとコムイへ視線を向けようとした。
ところが視界が急に誰かの手で遮られ、見えなくなった視界に疑問を覚え「ん?」と小さく声を漏らせばリナリーの声がした。
「見ないほうが良いわ」
「え、ちょ…が直視する羽目になるけど」
「隊長、私は自分でどうにかするから大丈夫だよ」
僅かに離れた場所からのそう言う声が聴こえたため、なら良いかなと思ったのが悲劇の始まりの瞬間だった。
「Go♪」
「え、ちょ…まッギャ――――!」
悲惨なアレンの悲鳴が聞こえる中、はただ見えないから余計何が起こってるかわからず恐怖を覚え。
思わず「う…うわ…」と小さく零すしか出来なかった。
しかし後にリナリーが言うには、はそれを楽しそうに眺めていたというらしいが。
そんなやの様子を見て苦笑を漏らしたリナリーが、手当てを終えた腕の袖を戻していない事に気がつきの団服の袖を取ったが、
「―――…え、」
彼女の右手にある、イノセンスがとても異質な形をしている物だったのだ。
普通、装備型ならば核である十字架は特定の物質の形を成し例えば神田のような刀。
そして自分で言えばブーツのように何らかの形を成して存在している筈なのに。
は一度も寄生型とは言っていなかったし、門前で神田と戦っている時も大鎌を所持していた筈だった。
彼女の手には人差し指と薬指の付け根に部屋の明かりに照らされて鈍く光る銀の指輪、それから連なるようにして刺青のように黒い線が手首へと伸びて行き、
終いには銀色の鎖と成った其れは彼女の色白く細い手首に無造作に巻かれていて。
其の鎖からぶら下がっていると思われた、イノセンスの本体はの腕に埋まっていた。
其れはまるで拘束された者のような。
其れはまるで、何処か罪人に与えられるような手錠のように。
鈍く、重く瞬きながら彼女の細く白い腕に酷く似合わず存在していた
それが、彼女のイノセンス メリルシア
うわぁ、此の場面だけでも結構な長さになってしまいましたね…!(ひぃい
しかしリナリーと仲良くさせられる時期は此処しかないかなーと思いまして、まず切欠を作っておかないとと思い。
どうも灯來です!
黒の教団入ったばかりはイベントが多く、此処は書きたいなと思っている所なので飛ばさないでおきたいのです(笑
それにさんやさんとも戯れる(戯れるって…)ことが出来るのも、此処辺りで激減いたします。ちゃっかりネタバレですね… orz
まぁこの連載はヒロインであるさんが主ですので、そこの所はご了承くださいませ!
さんやさんがさっぱり出ない、というわけでもないので^^
次の話はヘブ君…!早速次の話からさんメインになるかなーと。
2006.9/23