― 何 を 抱 え て い る ? ―







そんなの、思い当たる物が多すぎるんだ




















7. しかし其れは希望の光でもなく























「――…………」


僅かな明かりしか射さない、辺りは闇に包まれた場所は唯静寂だけが満ちていた。

確かに人は存在しているというのに、そんな事さえ微塵にも感じさせない程の自然に満ちた沈黙。

イノセンスを調べるからと言われ連れられて来た場所。


君」


突然静寂を破る様に発せられた自分を呼ぶ声に驚き、思わず僅かに肩を震わせる。

だがその声の主を微かに動かした視線で捉えると静寂を打ち破った張本人であるコムイは、静かにを見据えながら紡ぎ出す。


「……何も言えない?」


其れは先ほどヘブラスカに問いかけられた事についてなのだろうと、とっくにわかっていた。

わかっていたつもりだというのに、どうしてそうだと答えを返す事が出来ないのだろう。

まるで何かに塞がれてしまったかのように言葉を紡ぎたくとも情けない息を吐き出すことしか出来ず、

言えなくはないんだ、と主張する為に首を横に振りたくとも見えない戒めに捕らえられたかのように身体さえ動かすことが出来なかった。

どうしてこれ程までに自分はヘブラスカの、たった一言に動揺してしまったのだろう。


「言え…ない事は、無い…」


やっとの事で搾り出せた声は酷く弱弱しく、近くに立っていたアレンでさえも酷く驚いたような表情で此方を見た。

自分でも何とも可笑しな、自分らしくない声を紡いでしまったのだろうかと心の中で苦笑を零す。

一度深く溜息を吐いてから邪念を飛ばそうと頭を軽く左右に振り、静かに顔を上げてコムイを見る。


「ただ、此処では言えないだけ」

「…別の場所なら大丈夫かな、君が…いや。君達がどういう経緯でイノセンスを持ったかという事も」

は居ないから、良いさ」

「どうして彼女達と一緒じゃ駄目なんですか?」


急に問いかけてきたアレンに驚く事も無くは彼の方に一度視線を向けて、コムイとアレンの二人を見て少し瞼を伏せる。


「あの二人は、全部覚えてる訳じゃないと思う」


もう二年も前になる話だから、と一旦言葉を区切っては今先に部屋へ行っているだろうを想い描く。

彼女達は確かに今まで共に生きて来た。しかし、"あの"出来事を覚えているかどうかなんて問いかけたことも無かった。

その問い掛けはもう決して言葉にしなくなった、本来何も起こらなければ生きていたであろう世界の記憶を呼び起こしてしまいそうで。

思い出してしまい二人があの世界に恋焦がれる事を恐れて、自ら押し込めてきた記憶。


「それに、二人の前であの話をしたら駄目なんだ」

「だったら疲れている所申し訳ないけど、今から科学班室に来てくれるかな?」

「構わないよ、何時までも引きずられるのはイヤだし」


そう言って軽く息を吐いてから少し影を落としていた表情を消し去り、ヘブラスカの方を見上げは静かに笑みを湛えた。


「御免、あんな表情しちゃって」

『…構わ…ない、私のほう…こそ…すまなかった…』

「いや、ヘブラスカのお陰で決める事が出来たし、思い出す事もできたから」

『そう…か』

「所でヘブラスカ、」


突然一歩踏み出しヘブラスカに近付いて、彼を見上げたコムイは一度の方を見た。

しかし直ぐにへ向けた視線を戻したコムイを不審に思いながら何事だろうかとアレンも彼を見る。


君のイノセンスについて何かわかったかい?」

『……シンクロ率は確信…持てない…が、ほぼ…100%に近い…。それに"闇"が垣間…見えた』

「――"闇"?」


闇が見えた、と言われコムイとアレンが僅かに眉を顰めたがそう告げられただけは静かにヘブラスカを見上げている。

焦燥に駆られているわけでもなく、絶望の色を見せるわけでもなく。

人の中に存在する闇という物は良くない傾向に捉えられる事が多く、そう告げられたとして平静を保っているは何者なのだろう。

ただ静かに見上げてくる彼女を見据えながらも、ヘブラスカは其の口をゆっくりと開いた。



『…其れは希望の裏に在る絶望でもない、光の裏にある…影でもない…。唯…広がるだけの空虚な闇』



「それが彼女に対しての預言?」

『預言、かどうかさえも…わからない』

「でもシンクロ率はほぼ完璧って事だよね、凄いじゃないか」


そう言いながらの方を向き、先ほどまで湛えていた真剣な表情から笑みに変えてコムイは語る。

しかし褒められていても彼女は笑う事無く、口元に苦笑を湛えて僅かに曇った表情を湛えるだけ。

彼女の様子を眺めていたアレンはの苦笑が交えられた表情を見て、また胸の片隅が痛んだ。








その後コムイにイノセンスとは何なのか、という話を聞いてから暫く経った後三人と別れ案内された一室のベッドへと身を預ける。

薄暗い室内の僅かな明かりに照らすように己の左手を翳し、手の甲に存在する十字架を眺めた。

其れは嘗て千年伯爵との戦いで使われた神の結晶。

世界を闇一色に染めようとする敵と戦う為の、武器。

イノセンスを繰る者達をエクソシストと呼称し、終末の予言を実現させない為に戦う。

重すぎて、そして自分達が生きる為に欠かすことの出来ない世界の欠片。

そんな物が自分の左手に宿っているなどと思えず、アレンは暫く左手甲のイノセンスを眺めてからゆっくりと手を下ろし瞼を閉じた。

何故かその時脳裏に浮かんだのは、彼女の右手。

初めて出会った教会で見た彼女のイノセンスはとても酷く違和感を感じたのを今でも覚えている。

コムイから話を聞いてから自分の左手に宿る此れは何処か強さをも与えてくれると思った。

しかし、の右手にあるイノセンスはどうだろう。

まるでエクソシストになる事を強いられるかのように巻かれた重く、鈍く銀色に瞬く鎖。

拘束しているような刺青のように黒い線、そして罪人に付けられる手錠の様な二つの指輪。

どれもこれも禍々しく感じられて、同時に悲しくも思えた。

決して、彼女には似合わない罪の証でもあるように。




「……何時かは、話してくれますよね」




届きはしないだろうと思ったけれど、紡いでおかずにはいられなかった。

今、コムイに過去あった事を話しているだろうに届くように。

小さく紡いだ声が、酷く虚しくノイズのように心を乱す音を残し月夜に消えた。











「さ、其処に座って」


そう言いながらを手前にあるソファーに座るよう促し、コムイは自分のマグカップに新しいコーヒーを淹れながら彼女を横目で見た。

先ほどまで湛えていたような少し影を落とした表情はしていなかったが、最初会った時よりも確実に何かが変わったのは雰囲気で直ぐにわかる程。

はソファーに腰掛けながら手近にあった紙を一枚拾い、其れを暇潰しのように眺めている。

彼女を待たせないようにと手際よく入れ終え、もう一つ空いていたカップを取り出しコーヒーを淹れて彼女の前にあるテーブルへと置いた。

持っていた紙を横に置き、「ありがと」と僅かな笑みを湛えカップを手に取りは口をつける。


「コーヒーは大丈夫だったかな?」

「いや、寧ろ好きな方だよ」

「それは良かった」


コムイが笑みでそう言えば温かい物を飲んで落ち着いたのか、小さく息を吐いて静かにカップを眺めながらは口を開いた。


「……師匠からは、何を聞いてた?」

「師匠ってのは・オビルニアンで間違いないよね?」


確認を取る為に嘗て黒の教団に所属していた時の古い資料と彼から貰った手紙を取り出し、それに軽く眼を通す。

の名を出せばはゆっくりと応える様に首を縦に振り、再びコーヒーを飲んでからカップをテーブルの上にコト、と置く。

そしてゆっくりと両手の指を交差させて脚の上に置き、ソファーに深く沈み込む様に身体を預けた。


「彼からは君達の事は弟子だ、としか聞いてないんだ。それと珍しいイノセンスを所持しているという事だけだよ」


過去に聞いた事全て隠さずに言えば、は何故か驚いたかのように眼を見開いてから「そっか」と小さく零す。

何故彼女がそんな表情を湛えたのか一瞬わからなかったが、軽く息を吐いてから急に眼を細めて語り出すの急変さに驚き思わず言葉を失った。



「俺達…正確に言えば俺が"此処の世界"に来てから初めて見たのは大量の異形な物体だった。今ではそれがアクマだというのはわかってるけど」


「…どういう意味だい?」


確かに彼女は『此処の世界』と言った。

非現実的な事を彼女が言わないとは確信は持てない、しかし今まで見た彼女からするととてもそんな事を言い出すとは考える事が出来ない。

彼女の行動や言動、全て疑う事も出来ず真に受け止めていたせいもあったかもしれないが。

しかし、何を言い出すのだろうかと矢張り直ぐに信じる事は難しいようだ。















「俺、それには此の世界で生まれたわけじゃない。異界から来たと言っても過言じゃないんだよ」

















もう一度、聞き返したくなった

















                                      2006/9/26













兎に角この話で言えるのは展開急すぎて&謎すぎてすみませ…!(土下座