「君、君」
各々、書類整理をこなしていた二人は誰かに名を紡がれ、作業していた手を止め声の主へ振り返る。
その声の主はコムイで、いつも座ってる椅子の上に腰かけながら帽子を脱ぎ軽く息を吐いて、マグカップを手に取った。
「心配じゃないのかい?君のこと」
「別に、何時もの事だし」
は手に持っていた書類を机の上でとんとん、と軽快な音を立て整えて机の上に置く。
も少し困ったような苦笑を浮かべてからペンを走らせ、少し伏せがちな瞳のまま紡ぐ。
「隊長、余計な心配しなくて良いっていつも言ってたから」
が任務に出てから彼女等の様子を見ていて、矢張り見知らぬ地で大切な友人が戦っている、
死と隣り合わせなアクマとの戦いに出ている少女の身を少なからず心の中では心配しているのだろうけど、彼女等はそんな様子を一切見せない。
気丈、なのか。ただ強く振舞ってるだけなのか。
ふと部屋の端で二人と同じ様に書類を纏めているリナリーの姿が眼に入り、ああ、多分彼女等は僕と同じようなものなんだろうと思う。
「大丈夫、隊長は帰ってくるから」
それは、誰かに向けられた言葉ではなく。
寧ろ心配で、泣きたくて、の傍で戦いたいという自分たちに向けた二人の言葉なのだろう、
15. Seize The Light
「――ッ!」
アレンの声が響いたかと思った刹那、神田の首を押さえつけていた腕が急に誰かの手により斬り落とされ、呼吸を取り戻す。
喉が痛み、視界が微かに揺らぐがそれよりも足元に崩れ落ちた少女の方が心配だった。
――心配? 俺、が…?
一瞬胸中に僅かな蟠りを残すそのわけのわからない何かを首を左右に振る事で振り払い、地に膝を着きの身体を抱え上げた。
右肩、腹部、そして先ほど攻撃を受けてしまった背からは漆黒のコートに負けない程どす黒い血が裂けた団服、そして彼女が居る地を染める。
しかしそれでも生きようと、いや起きようとしていたのか瞳は僅かに開かれたままで薄紫色の光が無い瞳が、彼女を抱え上げる神田を見据えていた。
「―……ッ」
まだ、身体は僅かに温もりを持っているから生きているには生きているのだろう。
それでも"生命"を感じさせない彼女の、無機質な瞳の光が酷く冷たくて、淋しくて悲しい。
今まで見た彼女の瞳の中にはアクマと対する際の強い光、誰かと話している時に見せる僅かながらも優しい光。
それらが一切見られない彼女の瞳が、見るに耐えられない。
神田は静かにの身体に響かないよう、静かに、彼女の身体から温もりが失われぬよう抱き締めた。
「神田!は……ッ」
丁度、アクマの腕を切り裂き吹き飛ばした本人だと思われるアレンがその場に駆けつけてみれば、更に団服を血で染めたと、彼女を抱く神田の姿。
何故か、チクリと胸の片隅を刺す痛みが、走る。
彼女とはまだ知り合ったばかりだし、恋仲でもないのにどうして。
どうしてこうも神田が傍に居るだけでも、
しかしこうしている間でもアクマが復活してしまうかもしれない、それにとトマを安全な場所に移動させなければならない。
アレンは僅かな焦燥感と、胸を痛ませる感情を押し込めトマを担ぎ、神田の方を向き叫ぶ。
「早くしないとアクマが復活してしまいますよ神田、移動しましょう!君はをッ」
「……言われなくてもわかってる、」
僅かに眉を顰め、彼女を抱き上げた後地面に突き刺さったままの六幻を引き抜き歩いてきた神田が隣についた事を確認し、アレンもトマを担ぎ直し歩を進めた。
―幾ら、あの時の夢を見ただろうか
「……?」
辺りを見渡してみても、ただ空虚な闇が広がるだけで生きてる者達の気配なんてない。
僅かながらに生命感を溢れさせる花も、草も太陽も月もなければ誰も居ない。
嗚呼、またあの夢かと小さく息を吐いた
この世界に来てから幾度なく見てきた夢。
誰も居ない、もも居ない。空虚な闇の夢。
これは世界の中にいる私の夢なのか、はたまた嘗て存在した誰かの夢なのか。
それもわからないまま、二年間見続けた。
普通のヒトならこんな夢を見続けるだけでも心が壊れてしまうだろう。
頼りにしていたヒトも居ない、友達も、好いているヒトだって居ないこんな漆黒の世界。
でも、不思議と俺は嫌いじゃなかった
ただ心の奥に、確かに巣食っているあの感情に反応しているせいかもしれない。
しかしそれを、この夢を誰にも話したことがないから確信を持てないけど。
小さくまた、息を吐く。ああ、何かこの世界に来てから溜息多くなったな。
「…いっその事、」
紡いだ言葉が誰かに届くわけじゃないけど、何となく紡いでおきたかった。
一応まだ、俺も生に縋ってるのだろうか。一度捨てた筈の、生きたいと願う感情に。
未だ分からない、この感情を消し去るように静かに瞳を閉じればいつも見えるあの光景。
― 師匠、何故あなたはそんな悲しい笑みを浮かべ手を振り背を向ける ―
「――……」
静かに瞳を開けてみれば、今まで闇を見続けていた眼には痛いほどの光。
そして無音の世界から帰ってきた聴覚に響くのは、誰かが戦っている音。
まだ完全に覚醒しない意識の中、静かに痛む身体を起こし頭を振れば近くに存在を感じ其方へと視線を向けた。
其処に居たのは神田とトマ、二人とも傷ついた身体で辛そうに地へ座っていたが俺に気がつくと、二人共驚いたように眼を見開く。
「殿ッ…大丈夫なのですか?!」
「お前まだ起きて良い身体じゃねぇだろッ…」
が二人の言葉に僅かに眉を顰め、一度自分の身体を眺めてから再び彼等に視線を戻そうとしたが不意に背後から激しい轟音。
其方へ身体を向ければアレンが、尋常ではない殺気と禍々しささえも湛えたイノセンスを構え、アクマと対峙していた。
一体どうなってるんだ、と周囲に視線を向けてみて荒れ果てた砂岩ばかりが広がる地に倒れた二人の人。
一人は腹を貫かれたのか、真っ赤に栄える血を流し誰かに向かい手を伸ばした格好。
もう一人は、もう空虚な光しか宿さない綺麗な髪を長く伸ばした、動かない、人形。
そうしたらあの血を流している人は本当の人間、なのだろうと思いマテールの亡霊とされていた人形は綺麗な髪を持つ、あの子なのだろう。
恐らく、イノセンスを奪われた。
地に手を着き、ボタボタと容赦なく痛みと共に流れる血を無視して、立ち上がろうと膝を曲げる。
しかしそれだけでもどうやら血を流しすぎた身体には応えるらしい。
僅かに視界が揺らぎ、一瞬身体が倒れかけるが誰かに支えられた。朧気な視界を上げてみれば、漆黒の髪を何時も結わえてた筈の神田。
彼は眉を顰め、まるで行くなとでも訴えるような光を瞳に宿し、見ていた。
行くな ? 俺に、そんな余計な心配をしなくていいのに、
「神田…止めるな、」
久しぶりに出した声は酷く掠れていて、とてもじゃないが心配するなと訴える事が出来ない声。
それのせいか先ほどより彼はを支えた手に力を入れ、小さく咎めるよう視線に強い光を込めた。
「てめッ…自分の容態がわかってんな事言ってやがんのか?!」
「だからだよ、」
「――なッ…」
「俺は生に縋る感情なんてとっくの昔に捨てた」
パアンッ、とその場に音が響いた。
「神田殿ッ…?!」
トマがうろたえる声を上げていることと、頬に直接伝わった痛みに、ああ。叩かれたんだ。
当たり前だ、こんな生きる事を捨てたような言葉を言えば誰もが怒るに決まってる。
そういえば、や、師匠にも怒られたっけな
僅かに痛む頬に手を当てて、視線を僅かに下げて自嘲気味の苦笑を口元に描いた。
「生に縋る感情を捨てた、だと…?だから自分の身はどうなったって構わねぇとでも言う気かッ!」
「元は、この世界に居た人じゃないからな俺は。君等にとって本来居ない筈の人間だ、居なくなっても構わないだろ」
「――ッあいつ等はどうすんだ!」
「―……ッ」
気が、つかなかった。
いや唯単に、俺が。二人の事を考えようとしてなかっただけだろうか。
神田の言う二人が、とを指している事は直ぐにわかった。
でも言われなかったら、今この場で二人の事に気がつかなかったのかもしれない。
自然と俺はこういった死と隣り合わせな戦場では二人の事を考えたこともなかった。
そうすることで何時しか心の中に芽生えていた生に縋る、という感情に支配されそうで、戦うことができなくなりそうで。
だから一番にそういった感情へ走りやすい原因の、この世界の中でたった二人だけの親友を思い出さないように。
枷、としないように。
「お前が居なくなったらそれこそあいつ等が悲しむだろッ、元居た世界じゃない世界に残すつもりなのか!」
「……だったら、こうすれば良いんだろ」
は小さく零すと同時にメリルシアを発動させ、静かに神田の手を振り払い立ち上がる。
何故か先ほどまでふらついてた脚はもうふらついておらず、僅かに失われかけていた瞳の光は何時の間にか戻っていて。
神田は急変した彼女の様子に驚き、一瞬息を呑む。
「二人が帰れる方法を探すことを、生きる糧にするさ」
――違う、
そう言いたかった言葉は何故か口から発せられないまま、唯伸ばした手は彼女が翻したコートに触れる事なく空を虚しく切り。
気がつけば、彼女のメリルシアは何時もと違う形状を湛え
の背には、綺麗でも、頼りなく薄く儚い漆黒の翅が光を零し生まれた
それでも世界に縋りたいと思えないんだよ、
2006.10/15
神田とヒロインの喧嘩、とは言ってもさんそんなに反発してませんが。というかアレンの心境がどろどろになってく…!
この連載のヒロインさんは生に縋ろうとしない人です、死にそうな時も「ああ、俺死ぬんだ」くらいの感情の持ち主。
というよりもあるきっかけにより感情と性格が変わってしまったと考えていただければ。冷めたヒロインになっちゃってるなー(笑
つかシリアスばっかりじゃないかこの連載!(ひぃい
それにララとグゾルの会話普通に飛ばしました…す、すんませ…!