世界には、きっと
16. 魂を呼び起こす旋律の中夜は更ける
「ブチ抜いてやる、」
その時紡いだ自分の声は酷く荒んでいたような気がする。
しかし今は自分の事などどうでもいい、心の内は焦燥と憎悪。様々な醜く暗い感情に埋め尽くされていた。
グゾルはララを、愛してた
荒れ果てた砂岩ばかりが広がる此の空虚な風が吹く、世界から見放されたマテールの地にて。
二人が出会うことがなければ、難なくララの心臓として生きるイノセンスを持ち帰れたかもしれない。
でもグゾルが、嘗てこの地へ捨てられた子供がララと出会い。何十年という長い時を共に生きた。
グゾルは何も悪く無い、ララも快楽を奏でる歌人形として創られただけ。
それを壊してしまうのは酷く、心が痛んだ。
だからこそ僕はグゾルとララが望む最後を迎えさせてあげたかった。
それなのに、目の前に居るアクマは"壊した"。
二人の願望、僕も望んだ結果を。
それはまるで大砲とも捉える事の出来る、銃器のような形を成したイノセンスを構えアクマを見据える。
対するアクマもアレンから写し取った腕を振り上げ、彼へ勢いを付け伸ばしたと同時にアレンは撃ち出した。
激しい轟音と光が互いの威力を相殺し、砂塵を舞わせ周囲の空気を掻き乱す。
威力は互角か、と思えばアレンの撃ち出すエネルギーは衰えることのないままで、アクマの腕の方だけが崩れ出す。
その光景を目の当たりにしたアクマは今まで余裕に満ちていた表情から一瞬にして焦りの色を浮かべ悪態をつく。
「な、なに負けそうなんだよぉ…!」
(…貴様じゃそれが限界なんだよ、)
離れた場所で彼等の戦いを眺めていた神田は声に出す事なく、心の内で呟いた。
イノセンスは適合者にしか本来の力を発揮できず、ただ"形のみを写したモノ"では其の力は出されることがない。
だからアクマの繰るアレンから写し取ったイノセンスでは、彼のような力を出す事は出来ないし耐久性も無い。
そして、イノセンスはエクソシストとのシンクロ率が上がる程、強くなる。
しかしそれは、シンクロ率が上がればの話だった。
ドクン、と一瞬心臓が高く鳴る。
刹那喉から込み上げる痛みと鉄錆びた血の味が広がるのと、咳き込むのは同時。
アレンが急に顔色を変えて荒れた地面に真っ赤な鮮血を吐き出し、イノセンスの発動が切れて元の赤黒い腕に戻る。
(しまった、リバウンド…ッ)
恐らくレベル2のアクマへ対する憎悪とイノセンスが反応し合い、急に力をつけ成長したイノセンスに体がついていけなかった。
未だに痛む肺を押さえ、突然のリバウンドの痛みにより微かに霞む視界を上げた際、遠くで勝ち誇ったような笑みを浮かべるアクマが眼に映る。
ヤバイ、
どうにかしなければ此のまま自分はアクマの攻撃を受けてしまい、下手すれば死んでしまう。
そうなったらどうだろう、二人を守ると約束したというのに。
たった二人と交わした約束さえ守れないとでも。
痛みと疲労のせいで動かない身体とイノセンスを煩わしく思い悔しくて、唇を強く噛み締め瞳を強く瞑る。
しかし、訪れたのは闇じゃなかった
「―― "其は闇よりも深く夜よりも暗き幻想" 」
キン、と一気にその場の空気が張り詰め肌を撫でる空気には冷ややかな冷気が含まれていて。
眼を瞑ったことで視界に訪れた闇を乱したのは、透き通るような綺麗な声と淡く瞬く蒼い光。
突如聞こえたその声に聞き覚えがあり、ゆっくりと開いた視界に映ったのは確かに見知った筈の一人の少女。
彼女の右手には普段解放したならば、身の丈よりも大きく禍々しさも湛えた死神が携える鎌のような形をしていたイノセンスが見た事もない形状を成し。
其れはまるで神々が悪しき者達を葬る神聖なる槍のような、刃が大きく反れ淡く蒼い光を零す一振りの、
「薙刀、なのか…?」
遠くに居る神田が呟いた声が、酷く間近で聞こえた気がした。
それでも目の前に佇み尋常ではない様子の少女から視線を外すことが出来ない。
の身体の回りは何か、風が意思を持っているかのように荒れ狂い地に積もる砂塵を巻き上げ視界を、光を乱す。
そして彼女の背には一度だけ見た事のある、薄く儚く頼りなく存在していた翅だったモノが、地獄から這い出した死者とも付かぬ、
神話に謳われる邪神が持つ様な、漆黒の"羽"が二対広がった。
「 "其は罪より更なる咎、邪神より堕ちた愚者の鎮魂歌" 」
淡々と紡がれる言霊はまるで機械が発する無機質な音のように、作られた人形のように冷たく。
彼女の背から感じる雰囲気も全て、まるで『彼女ではない何か』のように思え、アレンは知らず内に息を飲んだ。
その時背後から気配を感じ振り向いてみれば、凄まじい形相で自分を睨み付けている神田が居る。
何故、彼はそんなにも険しい表情を湛えているのだろうかと問い掛けようとした瞬間、六幻の柄で後頭部を激しく殴られた。
「――ッ…何するんですか神田ッ!」
「てめぇは馬鹿かッ、こんな土壇場でヘバってんじゃねぇよ!それにな、アイツあのままじゃ後戻りできなくなるかもしれねぇんだぞ?!」
「…後戻りが、出来ない?」
神田が視線を向ける先は予想した通り、が異質な形状を成した羽を持ち今まで持っていた漆黒の鎌よりも大きい刃を持つイノセンスを持ち駆け出そうと構える寸前。
しかし彼の言う、後戻りが出来ないとは一体どういう意味なのだろうかと僅かに痛む後頭部を擦りながら彼を見た。
「アイツは感情の抑制が上手く出来てない、さっきのお前みたいに暴走してリバウンドを起こし兼ねないんだよ。それにあれ程の力が暴走し、リバウンドを起こしたらどうなる?」
彼は一旦其処で言葉を切ると、一度深く息を吐き更に荒々しい眼光を湛えアレンを睨み付ける。
「それにな、俺はお前みたいな甘いやり方は嫌いだが…口にしたことを守らない奴はもっと嫌いだ!」
「…はは、どっちにしろ嫌いなんじゃないですか」
自然と喉から込み上げる苦笑を止めることなく、口から零しアレンは一度深呼吸してからを見やる。
今の彼女に声をかけたとしても恐らく、届くことはない。
先ほどまでの自分も誰の声も聞こえずに唯、己の胸の中に渦巻く感情に支配されていたから。
まだリバウンドのせいか痛みが抜けない左腕を庇いながら立ち上がり、アクマへ向かい駆け出したを神田と同時に追った。
これは一体何の夢だろう
これは一体何処の夢だろう?
ただ目の前に広がるのは今まで見てきた漆黒の世界、虚無で彩られた闇の世界じゃない
黒白の、より深層に広がるような混沌の、世界とでも言えば良いのだろうか
ガギィンッ!と金属同士がぶつかり合う特有の耳を劈く音が響き、火花が散る。
は冷たい眼光しか湛えない瞳を薄く細め、口元に妖艶な微笑を描くと同時にアクマが繰り出した攻撃を刃の上で滑らせそのまま膝に力を入れて屈み込む。
繰り出した攻撃にかなりの重心をかけていた事は既にわかっていた為、アクマは思った通り僅かに体制を崩しよろめく。
その隙を逃さない様に素早く右手のイノセンスを握り直し背中に生えた"羽"で宙に舞う。
世界は確かに生と死が隣り合う戦場を知らない自分達を呼んだ
でも何の為に呼んだのだろう
「――あれっ?」
一瞬の内に視界から消えたの姿を探し周囲を見渡そうとしたアクマ。
しかし、彼女の声を。気配を感じたのは背後。
「馬鹿だな貴様」
それはまるで冷徹な道化が湛える笑みのようで、笑みじゃない。
他人を嘲け笑う、という表現が酷く似合ったとても彼女からは想像のつかない笑み。
アクマは何故かの笑みが恐ろしく、本当の死神や邪神のように思え、冷や汗をかくのと体が切り裂かれる痛みが襲ったのは同時。
激しい轟音を立てて地に落ちていくアクマは其の顔を酷く歪ませて、腹の奥底から搾り出すような声で叫ぶ。
「ごのッ…エクソシストがぁあああ!」
アクマが落ちようとしていた場所には既に神田とアレンが待ち構えていて、
「「消し飛べッ!」」
互いにイノセンスを構え、放った攻撃がアクマを巻き込みマテールの夜空へ一筋の閃光の軌跡を残し、一つの魂が救済された。
「……ッつ、」
最後の底力に近かったのか、アクマを討つ際に攻撃を放った後に地へ倒れ込んだ神田とアレンを眺めていた。
だが急に頭に激しい痛みと耳鳴りが襲い、手に携えていたメリルシアを手放し両手で頭を抱え込み膝から地に崩れ落ちた。
意識を掻き乱すような、ガンガンと響き全ての感覚を奪っていくような確かに侵食してゆく痛み。
苦痛に顔を歪ませ、そのままアレン達の方へ視線を戻せばカシャン、と音を立て彼等の間にイノセンスが落ちた。
僅かな音を立てて温かな光を零す其れは、マテールの亡霊と謳われた人形のモノ。
しかし今は一つのイノセンスとして存在していて、其の光で既に暮れ落ちた世を染めた。
ゆっくりと、痛みから逃れるように頭を抱えていた手を離し空を見上げてみれば其処には満天の星空。
全てを慈しむように、唯淋しい光を零し優しい色で自分達を無慈悲に包む、夜空。
肌を撫でる風が妙に冷たく、涼しく感じて静かに瞳を閉じれば脳裏に浮かんだのは二人の、友人。
ああ、俺は何て馬鹿なんだろうな…?
自分を叱咤する言葉を発する前に其の意識が途切れ、背に生えていた漆黒の羽とメリルシアはパキンと甲高い音を立てて夜闇と化した
2006.10/19
何だか痛い設定ばかりが増えていくような気がしてならないです(…
とにかくマテールもあと一話で終わるかなと!いやぁ長かった神田と余り話せなかっ…た……(塵化
次回話では何らか絡ませようかな。コムリン事件、書いたほうが良いでしょうかね?