君、」





何時もの様に科学班室でコムイから任務について説明を受け、今回共に行動するアレンとリナリーの後を追おうと歩を進め出した時。

身体を出口に向け翻した格好から、声をかけてきたコムイの方へ向き直る。

彼はいつもどおりの穏やかな笑みを浮かべ、右手に持った一つの真っ白な紙で作られた封筒を、に向かって差し出した。

それが一体何の内容を綴った物なのかわからなかったが、静かに受け取れば彼はより一層笑みを深めた。







「任務先で暇な時にでも見てね、君達にとって何らかの活路になれば良いと願ってる」




















19. 時間が止められた街中で



















「…これは何?」


今回の任務は、一つの奇怪が起こっている街にて。

探索部隊の人々の報告によればその街は"10月9日"ばかり続くという。

しかし更なる調査をしようと探索部隊が中に入ろうとしても誰一人として入れない。いや、元居た場所に戻されるという。

前々から気にかけていたコムイは恐らくそれにはイノセンスが深く関係しているだろうという推測の下で、今回は影響を受けないと思われるエクソシストのみの単独任務。

時間がかかってしまうが、奇怪が減りイノセンスを得る事ができるならば仕方が無い。

彼から教団を出る間際に渡された一つの手紙が気にかかり、は暫くその手紙を眺め続けていたが不意に今回の出来事について話しているコムイが。

いや、コムイの表情が何時もとは違う疲れた雰囲気を漂わせている事に違和感を感じたが、何かあるのだろうと思いあえて口は噤んだ。




恐らく、今自分が口出しできることではない




深く息を吐いて、既に殆ど飲み干したコーヒーカップに口をつけながら窓の外を眺める。

つい先日来たばかりの自分達にはいたって普通な光景にしか見えない街並み、そして道行く人々と雪空。

どれもが異変などは感じられなかったが、皆が調査を終えた後に集合場所と決めていたこの喫茶店は何かが可笑しいとは思う。

雰囲気か、それとも…"何か居るか"。

原因不明の不快感に眉を顰めながらも、一人戻ってきたアレンが隣に座り向かい側にはリナリーが座り彼と話している。


「…すみません、」


冷たい外気に触れ続け身体が冷えたのか、鼻を啜りながら苦笑を浮かべるアレン。

どうやら今回の任務に関わりそうな人物を見つけたのだが、逃げ足が早かったらしく見失ったという。

リナリーは手渡された紙を再び眺めてから、少し睨みを効かせた視線でアレンを見る。


「でもホラ似顔絵!こんな顔でしたよ」

「似顔絵…?」

「あれ?」


アレンが手渡した紙を指差して言うが、リナリーは納得がいかないとでも言いたげな表情を浮かべる。

其処で少々興味が湧いたはリナリーに向かい「ちょっと貸して、」というと彼女は笑みを湛えながら手渡してくれた。


、これ似顔絵に見えますよね?!」


隣で食事を取りながら視線を向けてくるアレンを一瞥し、紙面に視線を戻す。

だが其れはとても似顔絵とは言い難い、どうも子供が描く様な物としか思えない絵。

は一度込み上げてきそうになった苦笑を堪え、少し間を置いてからアレンの方へ視線を向け紡ぐ。


「……何とも言えない」


「えー…」

「ほら、も見えないって言ってるわよ」

「や、見えないとは言ってないけど…」


矢張り堪える事が出来ず、僅かに苦笑を浮かべながら店長にコーヒーの追加を注文して再び窓の外を眺める。

深々と、真っ白な雪が降り出しそうな空は重くもあり明るくもある。

はテーブルに肘を着き頬杖を着きながら暫く外を眺め続けた。

最近、暇になると何故か風景を眺める事が多くなった。時には空であったり、時には海や街並み、夜空。

何故急にそんな興味も沸かなかった風景を見る事が多くなったのだろう。

理由がわからない問い掛けを自分自身にしたって返って来るのは何もない、唯燻りが残るだけ。

静かに瞳を細めながら視線を二人の方へ戻そうと、眺めていた流れ行く人々の姿から視線を逸らした時だ。




「………なん、で」




思わず言葉を零してしまった。

冬空の寒さが漂う街道、その中で歩む人影の中に一つだけポツンと存在感が浮いた人の姿。

漆黒の、自分達が纏っているエクソシストの証である教団服。

形状は少し違ったが見覚えのある物だった。それを見たのは、いや身につけた人物を見たのは一年前に遡る。

銀髪が綺麗に瞬き、漆黒の団服に酷く変わらない大きな背、記憶に残る彼の姿そのもの。

不意に道を歩んでいた格好からその人物はが居る喫茶店、その中に居るだけを見て柔らかな笑みを浮かべ、








―  ―









そう、自分の名を紡いだ気がした。






ガタンッ、と大きな音を立て急に席を立ち上がったにアレンとリナリーは驚き目を見開く。

しかし当の本人は二人の驚く様子さえ気にかけず、コーヒー代の代金をテーブルの上に置くと駆け出した。


「ちょ…ッ?!」

「御免、俺ちょっと出てくる…!一旦君達に任せるからッ」


彼女を追おうと立ち上がったアレンだったが、思った以上に脚が早いを追うのは難しいと判断したのか。

伸ばした手を静かに下ろし、軽く溜息を吐いた。

リナリーもの事を追おうとしたのだろうか、駆け出そうとしていたが彼女にこの場を任せると言われた為に動かない。

否、何時も静かで取り乱す事が無い彼女の、今回のような表情を浮かべるのを見た事がなかった為に動揺してしまったのだ。

暫く二人の間には沈黙が流れたが、アレンが不意に視線を向けた先で隠れる様にして居た一人の女性を見つけ、その女性を指差し叫んだ。



「りっ、リナリーこの人です!」

















「―――…っは…、」


急に冷え込んだ外気に触れた肌が酷くピリピリと痛み、冷たい空気を勢い良く吸い込んだせいで喉が痛む。

は喫茶店の窓から見えた場所に辿り着き、その場に立ち尽くす。

先ほど窓から見えた、本当なら居る筈のない"あの人"が街並みを歩む人々の中に見えた気がした。

幾ら辺りを見渡してみても、視界に入るのは知らない人ばかり。一瞬見えたと思った銀髪は、無い。



少しの、胸の奥に芽生えた期待が一気に消え去り今残るのは落胆の心。



何も考えられず、静かに瞳を細めて空を仰げば一面に広がる灰色雲が何故かあの人の髪色と一致し、心が痛んだ。

そうだ、彼とはもう会えないと自分の心の中でにも相談せず決め付けて。

だからこそ忘れようと、忘れてしまおうとしていても矢張り一年間という期間の中で彼から与えて貰った物は多かった。

この世界のこと、エクソシスト、アクマ、千年伯爵…そしてイノセンスの知識。

自分達がこの世界で生き残る為に欠かせない知識と戦い方を教えてくれた彼は、自分の中で何時の間にか尊敬に値する師となっていた。

何時だかもう忘れてしまったあの日から、何の痕跡も残さないまま消えた師匠を探し続けた。一年間、ずっと。

それでも何の情報も掴めなかった旅をしてきたような気がする、長い、長い空白の旅。





は灰色空へ向けていた視線を元に戻すと、重くなってしまった思考を振り払おうと頭を軽く振る。

そしてそのままアレン達が居る所へ戻ろうと身体を翻した瞬間、ある建物の一角が轟音を立て崩れた。


「…あの場所って…」


視線を向けた先はさっきまで自分たちが居た喫茶店。










急に形態を変えて襲い掛かってきたのは全てレベル2のアクマ。

アレンは傍に居たリナリーに先ほど見つけた奇怪に深く関しているだろう一人の女性、ミランダを連れて家に戻るように告げた。

承諾したリナリーはアクマが襲い掛かってくる前にダークブーツを発動させ、ミランダを抱え窓から飛び立つ。

レベル2のアクマは四体。

己の腕に宿るイノセンスを発動させると同時に身を翻し、突っ込んで来た一体のアクマの頭部を貫く様に武器化したイノセンスで突き刺す。

そして素早く腕を振り上げれば轟音を響かせ残骸と化したアクマを見据え、もう動かないのを確認したアレンは身を翻した。

しかし何時の間にか背後に回っていた一体のアクマが不適に気味の悪い笑みを浮かべ、その口を開くと奇怪な音を響かせる。


「――ッ…頭が割れるッ…!」


途端襲い掛かってきた脳内に響く痛みに耐え切れずアレンは庇うように頭を抱えるが、容赦なく敵は攻撃を繰り返す。

勢いをつけ殺傷能力のある風を生み出し彼を狙うアクマ、何とか痛みを訴える頭を抱えたまま避けたアレンだったが他にもアクマは居た。

不意に頭上から気配を感じ、振り向く暇もなくアクマが襲い掛かってこようとした時だった。




「てめッ…邪魔だ!!」




ズガァンッ!と激しい轟音を立ててアレンへ襲いかかろうとしていた巨体を持つアクマは、誰かによって突き飛ばされた。

あれ程の巨体を持つアクマを突き飛ばし、勢いを劣らせることなくアクマが其の身で建物の壁を破壊する程の衝撃を与えたのだ。

一体誰だろうかと、僅かに感じる人の気配の方へ視線を向ければ肩を弾ませながら荒い息を吐くが佇んでいる。

右手には既に発動されたメリルシアが在り、恐らくそれで先ほどのアクマを突き飛ばしたのだろう。

は一旦深く息を吐くと同時に驚いた拍子で地面にへたり込んでしまったアレンへ手を伸ばし、立ち上がる事を促す。

アレンは一瞬迷ったが、唖然としている暇は無いと考え素直に手を取り立ち上がるのと同時にアクマ達へ視線を向けた。


『いってえぇ!何なんだあのメス?!』

『ほら、アレじゃね?ノア様が言ってたエクソシストの奴等の中に居る"イレギュラー"って』

『ああー、だから半端ネェ力持ってんのか』


(…イレギュラー…?)


アクマ達が話している話題の中心は恐らく、しかし彼らの間に伝わる"ノア"や"イレギュラー"とは一体何なのだろう。

アレンが僅かな隙も見逃さないようにイノセンスを発動させた腕を上げた時、隣に佇んでいたが僅かに顔を顰め左腕を押さえるのが見えた。

どうしたのだろうか、と思い彼女が抱え込んでいる腕を見れば其処は酷く焼け爛れ、肉の焦げる不快感を催す臭いが鼻腔を突いた。

彼女は流石に痛みを我慢する事が出来なかったのか、そのままの格好で暫く佇んでいたがアレンの視線に気がつくと微かに笑みを浮かべる。


ッ…まさかさっきので…?!」

「いや、何とも無いから心配するな。今はアイツ等ぶっ壊すのが先だろ」


そう言った彼女が視線を向けた先では何故かアクマが言い争っていて、終いにはジャンケンをし始める始末。

流石にも頭にきたのか、口元に引きつった笑みを浮かべると同時にアレンの肩を叩いた。


「アレン、Go




ギャァアアアァア!何すんだテメェ!


が言った途端アレンは未だジャンケンをするアクマへ向かいイノセンスの力を放った。

勿論自分達のしている事に介入されたのが気に障ったのかアクマは酷く憤怒していたが、撃ったアレンも隣で見ているも冷めた目で彼らを見る。


「いや、てめぇ等馬鹿だと思ってつい

「そうそう。それにそんなもん待つワケないでしょ」


さらりと良い除けた二人についに耐え切れなくなったか、


「「「エクソシストブッ殺す!」」」


酷く顔を歪めたアクマ達がアレンとを狙い動き出した。

それと同時にアレンはイノセンスを構え、もメリルシアを構えて駆け出したのは同時。

そのまま戦闘に入るかと誰もが思っていた時、





" 待て "






突如、何処からか聞こえた声によりアクマの動きが全て止まってしまった。

しかしアレンには聞こえないのか、場の雰囲気が変わってしまった事に驚き辺りを見渡していたがだけは瞳を細め、アクマを見据える。


何故か、声が聞こえる。




" 楽しそーだねェ、お前等イノセンスの回収のこと忘れてねぇ〜? "





辺りを少し見てみても姿は一切見えない、不安と恐れを抱いてしまうこの声の主は何処だろう。





" 戻れ "





そう、見えない人物が紡ぐ声が言った瞬間アクマ達は建物の屋根を突き破り飛び去ってしまった。

何が何なのか状況判断が出来なかったアレンはその場に立ち尽くしアクマが飛んで行った方を眺めていたが、は少し眉を顰めると同じように空を仰ぐ。

先ほどアクマ達に向かい戻れ、と言った人物は恐らく彼らを纏める者の物なのだろう。

しかし何故、自分にまで声は聞こえたのか。

そして最後にアクマ達へ向けた言葉ではなく、明らかに自分へと向けた言葉が有った事に酷く焦燥感を抱かずにはいられなかった。


もしかして、彼らは師から聞いていた者達の事だろうか









" 後で遊ぼぉ? "











見えぬモノほど、恐怖は抱かずにいられないと知っていての言葉か

















                                            2006.10/28











というわけで、巻き戻しの街編に突入!
この話は何故か書くの難しいっスね…なんか中々に進まない…!
それともただ私がスランプなだけなのか(一番悲しいなそれ

矢張りノアとは何らかの関係持たせたいなとは思っております。
彼らは既にさんの事知ってますが、彼女は師匠のさんから僅かに話を聞いた事があるだけで会った事はなし。
ノアの人が彼女を知っているのも、色々と理由があるわけで。その辺はロード接触の際にでも!
ようやく師匠を交えての話書けそうです、今までそんな重要な人物になってなかったからなぁ(苦笑
そして街中で見た人は、師匠だったのか目の錯覚か。どちらでも捉えて頂いても支障はないんでお好きな方でお考えを…!