此れは何時かに繋がる一日へ

























25.5 凍てついた晴れの日に



























「―――…俺だけ?」

『そ、人手が足りなくて困ってる所申し訳ないけど』





通信機から零れるノイズ交じりの声と、其の声に返答する青年の声が静寂を乱す。

未だ外は明けず、漆黒色の闇に彩られた空に瞬く星々が静かな灯りを零し、ぽつんと切り取られたように異質な雰囲気を湛えた月の浮かぶ夜。

宿の一室内で受話器を片手に緋色の髪を持つ青年は、眼帯で隠していない左目を面倒くさそうに薄く細め軽く溜息を吐いた。



「でもさぁー…其処良い噂ナイ所っしょ?俺何か妙な予感すんだけど…」

『ラビの勘が当たるのかどうかわからないけど、まぁ確かに変な噂ばかり立つ街だからねー』



彼らの会話の主題となっているのはある地方に在る孤立した街。

周囲にある国や街、村などに一切干渉せずただひっそりと其の存在を隠し通して居た為に誰も詳しい情報は掴めていない。

ラビと呼ばれた青年は少し間を空け、何か思い耽るような表情を湛えながらも口を開く。


「やっぱそんな街の方が奇怪が起こりやすそうだから?」

『それもある、というか実際に奇怪が起こってるらしいんだ。つい先日探索部隊から報告があったんだけど、見かけた事の無いエクソシストが其の街に居たらしい』

「……マジで?唯見た事あっても忘れてるだけなんじゃねぇの、それか会った事もないヤツとかさ」

『いや、その報告をした探索部隊はエクソシストの者達全員を把握してる人だ。長い間教団に勤めてた人だから、僕は彼の言う事を信じるけど…』

「でもよ、其れが奇怪と何か関係あんのコムイ?」


そう問いかけてみれば通信機の向こう側に居る、コムイは少し黙ってしまう。

彼の様子を怪訝に思ったラビは少し疑問を覚えるが、間を置いてから聞こえた彼の言葉に少し耳を疑った。





『…奇怪、とは言いがたいけど"アクマだけ"が住んでいたらしい。それに雪が止む事の無い街』





「アクマオンリー…?それに雪止まねぇ街?んな話信じられっか」


コムイが言い出した事に言葉の通り、全然信じられないと言いたげな表情を湛えラビはベッドの上に腰かける。

静かな音を鳴らし軋んだベッドの音が静寂を乱したが、次には少しの間静寂が再び。

受話器の向こう側から小さめな溜息が聞こえ、声が紡がれ始める。




『そりゃ僕だって信じられないさ。探索部隊の人は殆ど殺されたって言うし、何より誰も見た事の無いエクソシストが気になってね。

  もし話をつけて、教団に来てくれたら嬉しいとか思ってたんだけど君が丁度よく一番近い土地に居たから』


「俺はついででんな街行かなきゃアカンのか…キツイさ」

『キツイのは今に始まったことじゃないでしょ?』

「まぁな、一応明日向かってみるさ。報告はその後で良いよな?」

『勿論、何が起こるかわからない街だから気をつけて。一応先に探索部隊数名送っておいたから』

「りょーかい、」



そう紡ぎラビは通信機を切ると腰掛けていたベッドへそのまま仰向けになるように寝転がる。

未だ明ける事の無い夜に照らされた室内は酷く影が侵食し、どうも気を重い物にしかさせない。

明日行く街で何も起こらなければ良いという不安と、





その、話の中にあったエクソシストが新たな仲間になれば良いという願いとが織り交じり思考が乱れる。




「…妙な予感すんだよなー…」



彼が紡いだ言葉は静かに余韻を残し、闇夜の中に消え去るように薄れ行った。



















そして次の朝、彼は一番早く出る汽車に乗り既に日が昇りきった頃、コムイが言っていた街に着いた。

外から見る限り何の変哲もなさそうな街だった。

街を囲うようにして在る塀も、辺りの景色を見渡してみても。

唯、話に聞いたとおりその街は何処の町とも関与しているわけでなく、本当に孤立したように存在している。

現に此処の街へ向かう際駅員などに行くのか、と問いかけられた程。

其れは明らかな反応であって、有力な情報になりえる物。


ラビは暫くの間入り口辺りに佇み街の外壁を眺めていたが、軽く溜息を吐き一歩を踏み出す。

恐る恐るその街の中へと脚を踏み入れた瞬間、驚きに目を見開くことしかできなかった。




「……何さ、これ」




それは白い世界に埋まる大量の機械片と、未だ燻る家屋を燃やす炎の海。

異様な異臭と熱気の混じる気持ち悪い空気が肌を撫でつけ、思わず顔を顰めるのと同時に口元を腕で覆う。

辺りを見渡してみても生きている人間の気配はない。

足の踏み場も無い程、地に散らかる歪な人間を模ろうとした機械片や其の破片である歯車には見覚えがある。

其れは幾度と無く自分も破壊してきた"アクマ"の残骸。

そして、噂の事は全て一致する事が空を見上げる事で核心した。














雪が、降っていた














唯、静かに。深々と炎の紅と残骸の黒を覆い隠すように静寂を纏いながら舞い降りてくる雪。

先ほどまで居た街の外側では晴れ渡っていた筈だったのに、今は肌を刺すような寒さの痛みも感じられる。

感覚が、いや視覚と本能が過去の冬という季節を思い出させた。

完全に此れは雪なんだと、未だ僅かに信じられない思考を押し込めつつ視線を元に戻し歩を進め出す。



踏みつける度にガシャ、と鳴るアクマの残骸音が酷く響き渡り知らず内に心の奥に緊張が走る。

もし、まだアクマが残っているとしたら何処から来るかわからない可能性が高い。

これ程まで黒い残骸に覆われた地面の中に潜んでいるかもしれないし、人気の無い家屋の中に居るかもしれない。

四方八方が、どれも警戒する対象。

何時敵が来ても構わないようにと静かに右足に付けたホルスターの中から小さい槌を取り出し、右手に握る。

そして其れを握る力を少し強め、心の中で紡げば槌はある程度の大きさに成り其の存在を表す。

其れがラビのイノセンスであり、武器。

右手に携えた槌を肩に担ぎ、一旦周囲を見渡してみてから中央広場のような場所があるかもしれないと思案し歩を速めた。





辺りには矢張り炎の手と地面に広がるアクマの残骸しかない。

大きな噴水らしき物があった開けた場所に辿り着き、人は居ないかと探してみたが結果は同じ。

街の入り口から広がっていた光景は途切れる事無く続き、もう脳裏の奥深くまで焼きついてしまったかのように思える。

余りにも不快感しか催さない情景に嫌悪感を覚え、どうにかしたいと思ったが原因もわからないままに解決するのは無理に等しい。

ラビは一人、肩に担いでいた槌の切っ先を地に下ろし薄く瞳を細め雪が降り続けている空に視線を向けた時だった。






『―…ギ、ガガ…』




「―――ッアクマ!?」



聞き慣れた、古びた鉄が擦れ合い鳴るような音を出しながら何時の間にか背後に居たアクマ。

雪の降る空に気を取られていた為一瞬の遅れを生じさせてしまい、何とか体制を立て直そうと身を翻し槌を振り上げた時、







ヒュ、と何かが鳴ったのとアクマが真っ二つに切り裂かれたのは同時







途端轟音を立て崩れ落ちていくアクマのボディを唖然としながら見ていたラビだったが、先程聞こえた風を切るような音の原因を探ろうと視線を彷徨わせる。

だが、直後背後からアクマを斬る際聞こえた音と同じ音が聞こえ、僅かな殺気を感じた為咄嗟に槌を振り上げ己の身を守る様に構えた。

ガギィンッ!と、金属同士がぶつかるような甲高い音を鳴らしその場は一瞬静寂に包まれる。

ラビの構えた槌には鋭い黒い刃を湛えた巨大な鎌が、雪の降る空に僅かに在る太陽の光を受け瞬きながら押さえつけられていた。

もし感覚に任せ身を守ってなかったらどうなっていたことか、と背に冷ややかな物が流れるのを感じ僅かに息を呑むが安堵している彼は更に驚かされる羽目になる。


彼の目の前に居て、大鎌を所持していたのは自分と同じエクソシストである証の黒いコートを纏った一人の少女。


雪景色の中に酷く栄える深い藍色を宿した髪は、僅かな太陽の光を受け綺麗に瞬き。

僅かな殺気が込められていた瞳は見た事も無い薄紫色の、強い意志の込められた双眸。


そして、何より東洋系の顔立ちには今まで数多くの女性を見てきた彼でも目を見張るものがあった。

唯単に綺麗なだけでなく、何か。




何かを、抱えていながらも生きようとする人間の美しさなのか







「―――…アクマじゃない、な君」







そう静かに口を開いた少女は静かに歩を下げると同時にラビへ向けていた鎌を下ろすと同時に苦笑を浮かべる。


「御免、ついアクマばかり相手してたから誰でも警戒するようなっちゃって…」

「…というと、この街の全部アンタが壊したんか?」

「そういう事」


まさか、目の前に居る少女がたった一人で壊したなんて話直ぐに信じる事が出来なかった。

自分の眼から見ても少女はまだ成人していないのは明らかで、幾ら武器を所持していたとしてもどれぐらいの実力があるか定かではないし。

それに自分と同じエクソシストの団服を纏っていたといっても、一度も会った覚えはない。


ラビの脳裏に一瞬だけ、ある話が掠める





『見かけた事の無いエクソシスト』




もしかして其れは彼女の事なのだろうか、と思い自分も発動させていたイノセンスを元に戻しホルスターに戻すと同時に軽く息を吐き。

静かに視線を少女へ向け口を開いた。



「黒の教団って、知ってる?」

「…あぁ、師匠が言ってたのは聞いた事あるけど。でも行く気にはならない」

「何でさ?」

「……その教えてくれた師匠を探し出せてないから」



そういった彼女の瞳には先ほどまで湛えられていた強い意志や感情などは無く。

動揺、困惑、悲哀、それらが織り交じり合った複雑な色が込められていた。

何故そのような色を湛えるのか理由はわからないし、わかろうとも思わない。

恐らく先ほどの彼女の様子からすると本当に教団へ向かう気はないだろうし、何よりまだ信じ切れない。

探索部隊の者がどうなったのかこの街に来てから何も掴めてないし、結局は此処の街の異変も不明のままだ。

ラビは暫くその少女へ向けていた視線を外し辺りを見渡していたが急に少女は「あ、」と声を漏らし手を叩く。

一体どうしたのだろうかと其方を向けば、ある家屋の一角を指差しながら彼女は小さく笑みを浮かべた。



「あの家に探索部隊の人は非難してもらってる、安心しといて。俺も無駄な犠牲増やしたくなかったからさ」



少女はラビに笑みを向けた後右手に携えたままだった鎌を手放すと同時に、パキンと甲高い音を立てて其れは光の粒子と成り空気に散る。

其の光景に僅かに驚き眼を見開いたラビだったが、少女はそのまま街の外へと向かおうとしている事に気がつく。

気がつくと同時に、何故か彼女の腕を掴んでいた。

急に腕を掴まれた事に酷く驚いた少女だけでなく、掴んだ本人であるラビでさえ一瞬間を置いてからはっと弾かれた様に静かに掴んだ腕を手放す。

そして少しバツの悪そうな表情を湛え、「悪ぃ」と苦笑を浮かべた後に静かに口を開く。



「この後はどうするんさ?」


「…この後?」



少女は静かに空を見上げて、僅かに瞳を細めてから瞼を閉じ。

まるで空から舞い降りてくる雪を感じるかのように、暫くその場に佇んだ。


その光景は酷く綺麗で、同時に何故か淋しくも思えた。


どうして、これほどまでにこの少女が気になる―…?










「わかんないなー…、気の向くままに師匠探すよ」








そう言って笑った少女の笑顔が、酷く綺麗に思えた



去り際に彼女の名はと教えて貰ったけどどうも素直に口に出せない







静かに降り続ける雪の前に余りに、突然の出会い方を果たしてしまったからだろうか


















また何時か会えることが出来たら良いと、願いながらも遠ざかる彼女の背を眺め続けた





















( 其の気持ち変える気無いさ? )

( ――…師匠には聞きたい事が沢山あるし、何より俺にもやらなきゃいけない事あるから )






















                                           2006.11/14








というワケで番外編!ラビと初めて出会った際のお話でした。

何かもうメチャクチャすぎる設定で申し訳ないですが(汗
街は、最初からもうアクマしか居なかった街でした。
生きていた人間も全てとっくに殺されていたみたいな。
イノセンスの奇怪でもない"死んだ街"的な、不吉な場所でであってしまったな…(爆


この頃はまださんも明るいところはあったんです。
でも、会わない内の半年間の間に何かがあったみたいな。
そこらも書けたら良いなーと思っております*
というか名前変換さっぱり無くて、すみませ…orz